〜六の塔【Envy】〜 王都・ハロモニアの街― 平和と繁栄の象徴であったこの街が、突如現れた“邪神”の手により、破壊されてしまった 永きにわたる平和に慣れきっていた人々は、古の邪神の復活にただ恐れおののき、逃げ惑うことしか出来ずにいた だが、そんな破壊を尽くす邪神に立ち向かう者達もいた― 『グォォォォーッ!!』 人ならざる者―ゴーレム達がその瞳に映る全ての物を破壊しながら、ハロモニアの街を我が物顔で練り歩く 悲鳴をあげながら逃げ回る人々などお構い無しに 「きゃああああっ!」 「パパー!ママー!」 ゴーレムに追い回され、ある一組の親子が逃げ遅れてしまった 「ああ・・・」 目の前に聳え立つ巨大な土塊に、親子は恐怖し、怯え、竦みあがり、その場から動けなくなってしまう そんな親子が今出来ることは、ただ神に祈り、目の前にいる土塊に慈悲を乞うだけ・・・ しかし、心無き者共には、どんなに慈悲を乞うても悲しいかな、全くの無意味なのである そして、今まさに親子がゴーレムに踏み潰されんとしているその時―神の使いが現れたのだ 「喰らえっ!『ファイアトマホーク』!」 ガッ!! ゴーレムの側頭部に燃え盛る手斧が突き刺さり、その巨体がグラッと揺れた そして次の瞬間には、ゴーレムの胸元に飛びかかる人影があった 「とりゃーっ!『ホーリーハンマー』!」 パキィィィン!! 大きな鎚がゴーレムの胸元に突き刺さり、何かを砕いたようだ どうやらゴーレムは巨体を維持する心臓―『核』を壊されたらしく、もがき苦しんだ後、その身を元の土塊へと還した 「ふぅ〜、なんとか間に合った・・・」 ゴーレムが土塊へと還ったのを見届けると、瓦礫の陰から一人の少女が姿を現した 先程親子に襲いかからんとするゴーレムに向かって“燃え盛るの斧”を叩き込んだ人物だ そしてもう一人、ゴーレムにトドメを刺した少女の方は恐怖に震える親子に向かってニコッと微笑んでみせる 「もう大丈夫です。おケガはありませんか?」 突然現れた“救世主”がまだ年端もいかぬ少女達と知って親子は唖然としていたものの、やがて落ち着きを取り戻すと2人に礼を述べた 「あ・・・ありがとうございます!」 「ホント、助かりました。なんてお礼を言えばいいのか・・・」 「あ、いや・・・その・・・」 片方の少女がぎこちなく話す中、もう片方は歯切れよく 「いえ、無事で良かったです。それより今のうちに早く城へ避難して下さい。あそこなら安全ですから」 「ハ、ハイッ!ありがとうございますっ!」 「じゃあ、急ぎましょう!」 「お姉ちゃん、ありがとう!」 少女に言われるがまま、親子は子供を抱えながら、一目散にハロモニア城に向けて駆け出していった 親子の姿がどんどん小さくなっていくのを見ていた少女が安堵して呟く 「あ〜、良かった〜!」 そんな少女をもう片方の少女が思い切りつねりあげる 「あ、イタタタタ!?」 「『イタタタタ!?』じゃないわよ!チッサー、あんたが出遅れたからこんなにドタバタしたんじゃない?」 「痛えよ!なんでつねるんだよ?この暴力女!」 「言って聞かないから身体で教え込ませてるのよ、このバカ女!」 「なんだと〜!?」 「何よ〜?」 つい先程まで2人してゴーレムを退治していたというのに、些細なことでいがみ合いが始まってしまった 「ふん!年下だからってナマイキなんだよ!」 「なにさ、自分なんか年下のアタシよりチビじゃないの、このおチビさん!」 「ム・・・う、うるさいっ!このデコスケ野郎!」 「な・・・なんですって!?言って良いことと悪いことがあるでしょ!?このメス豚!」 「な・・・なんだって〜!?」 些細な出来事から起こった口論が、いつの間にかマジな言い争いになり、2人は完全に一触即発の状態にまでなってしまった それだけ2人の少女が精神的に幼すぎる・・・とも言えよう 「やんのか!?」 「やってやるよ!」 遂に2人の怒りが最高潮を迎えて爆発しようかというまさにその時、2人の間に邪魔者が現れた 『グォォォォーッ!!』 『グォァァァーッ!!』 ゴーレムの集団だ。およそ5〜6体はいるだろうか。2人が口論している内に、ここまで急接近していたのだ 「チッ!邪魔が入った!」 一人の少女・チッサーが舌打ちをする せっかくいがみ合いに白黒つけようかという時に邪魔に入られ、明らかに苛立っているようだ そんなチッサーに、もう一人の少女・マイは 「・・・チッサー、さっさとコイツらを片付けるよ!続きはそれからだかんね?」 と、言うや否や、瞬く間にゴーレム達へ飛びかかっていった 「あ、ちょっと待てよ!?・・・チキショー!また援護役かよ・・・」 「もう!邪魔しないでよ!」 少女・マイは手に片手用の戦鎚を握りしめ、素早く駆け回りゴーレムの死角へと巧く潜り込む 「でやぁぁぁーっ!」 そして跳躍し、ゴーレムの急所・『核』のある胸元めがけて戦鎚を勢いよく振り下ろした パキィィィン!! ガラスが砕け散るような音とともにゴーレムは動きを止め、やがて苦しみもがき始めた 「まず一匹!」 血気に逸るマイが手近な邪魔者を片付けて次の獲物を探そうと目の前のゴーレムから視線を移した、その時だった ゴッ!! 「・・・っ!?」 マイの身体の側面に、鈍く強い衝撃が走った と、同時にマイは自身の身体が強い力で大きく吹き飛ばされているのも感じた (しまった・・・!) 迂闊だった。目の前のゴーレムから視線を移したその隙に、崩れゆくゴーレムに“最後っ屁”を喰らってしまったのだ いつもの冷静で狡猾なマイだったらもらっていなかったであろう一撃 しかしチッサーとの口論直後で感情が昂っていたため、集中力を欠いていたのだ 「マイ!?」 ゴーレムによって弾き飛ばされ、地面に打ちつけられ動けないでいるマイを見たチッサーは先程の口論など忘れて相方の元へ駆けつけようとする が、不運なことに、その行く手を次々とゴーレム達が立ちはだかっていくではないか? 「チキショー!退け!退きやがれ!」 邪魔するゴーレム達に苛立ちながらチッサーは両手に持った手斧を怒りに委せて次々と乱射する だが、それもマイ同様平常心を失っていたためか、いつもなら百発百中に近い手斧も僅かにゴーレムの急所を外れてしまった 「ちぃぃぃっ!こうなったら・・・」 相方・マイがやられて焦るチッサーは手斧での攻撃を止め、魔法でカタをつけようと呪文の詠唱を始めた ところが・・・ 「燃やし尽くしてやる!勇ましいかがや・・・かが・・・フガッ!?」 気が急くあまり、うまく口が回らず呪文の詠唱が出来ないでいた 「あーっ!もう!」 何とかしなくてはならない、ここぞ!という局面で痛恨のミスを繰り返す自分自身に苛立ち、チッサーは声を荒らげ悔しがる しかし、それは致し方ないことではあった 実は、チッサーは相方のマイとは違い、まだ魔法の習得を始めてからまだ半年も経っていない初心者中の初心者であったのだ そんなチッサーがここまで巨大なゴーレム相手に臆することなく立ち回ってみせたのはむしろ大健闘だと言えよう 結果として実戦経験不足が重圧となりチッサーを押し潰してしまった格好だが、それをどうして責めることが出来ようか? だが、そうこうしている内にもゴーレム達はチッサーの行く手を阻むが如く取り囲み、完全に包囲してしまったではないか? 「ああ・・・あ・・・」 間近で見るゴーレムの巨大さとその圧力にチッサーはたじろいでしまう 逃げなければ・・・と、頭の中ではわかっていても、いざ取り囲まれてしまうと恐怖で脚が竦んでしまう 友・りしゃこはこんな化け物相手に怯えることなく立ち向かっているというのに自分は・・・ 友に追いつこうと自分で選んだ道なのに、こんなところでもうおしまいなのか・・・ そう思うとチッサーは自分の不甲斐なさが情けなくて悔しさが込み上げてきた と、同時に別の感情がチッサーを支配し出した (イヤだ・・・死にたくない・・・まだ死にたくない!) “生きたい”・・・そう渇望したチッサーは無意識の内に声を張り上げ、絶叫していた 「うおおおおーっ!」 窮地に追い込まれた自身を奮い立たせるかのように、二度、三度・・・がむしゃらに雄叫びをあげる 「うおおおおーっ!うおおおおーっ!」 それは“生”への執着の純粋な発露、そのものであった 「ハァ・・・ハァ・・・」 急に大声を張り上げたせいか、息が切れたチッサーは両膝に手を当て前屈みになり、肩で呼吸をする (・・・?) するとどうだろう。さっきまで竦み上がっていた身体が動くようになったではないか? (動く・・・?) 身体全体を支配していた恐怖心が消え去ったことに気づいたチッサーは、眼前に聳え立つゴーレム達を睨みつけ、闘志を剥き出しにする 「ようし・・・見てろよお前ら!」 敵を目の前にしながらも不敵にもチッサーは再び呪文の詠唱を始め、魔法でカタをつけようとした だが、当然ゴーレム達も指をくわえてボーッと見ている訳ではない 不審な行動を取り始めたチッサーを阻止せんとにじり寄り、丸太のように太いその腕を次々と振り下ろしていく ドオオオオン!! ボゴオオオ!! (ひゃああああーっ!) ゴーレムの腕を紙一重で躱しつつ、チッサーは何とか呪文の詠唱を続けていく 当たれば即死、の拳の雨が降り注ぐ中での呪文の詠唱は容易ではなかろう しかし、チッサーはそれをやり遂げたのだ やっとのことで魔法を完成させたチッサーは逃げていたその脚を止めるとゴーレム達に向き直り、今度は一転、突進を開始した (外したら最期・・・ギリギリまで接近するんだ!) より激しく拳の雨が降り注ぐ死地の中へ、チッサーは意を決して飛び込んでいく 遠ざかるより近づく方がリスクが高いのは承知の上だ。しかし、一発逆転を懸けた魔法を命中させるには、そうするより他はないのだ ブオオオオン!! ビュウウウン!! 「うわっ!?おおっ!?・・・よっと!」 風を切る唸り音をたて、ゴーレムの拳がチッサーめがけて振り下ろされる それをを次々と避けつつ、チッサーはゴーレム達の懐の奥へとどんどん潜り込んでいく そして遂にチッサーが望む至近距離に到達したその時、チッサーはいよいよ魔法を発動させたのだ 「勇ましい輝きの方へ・・・美しい輝きの方へ・・・光れ!『僕らの輝き』!」 すると、チッサーの両の拳に炎が灯り、勢いよく燃え盛り出す その勢いを確かめたチッサーはゴーレムの急所のある胸元めがけて拳を振り抜いた 「いっけぇぇぇぇっ!」 拳の炎は轟音ととも弾け飛び、一体のゴーレムの胸元を深く穿ち抜いた 『グガァァァァッ!!』 胸元の核を打ち砕かれたゴーレムはもがき苦しんだ後、溶けるように崩れ落ちていく ゴーレムが土塊へと還っていくのを見届けたチッサーは、返す刀で傍にいたゴーレムへと次の拳を撃っていく 「おりゃあああっ!」 ボボボボボボ・・・ 爆ぜる音をたてて、炎の塊がゴーレムの胸元に突き刺さる 『ゴアァァァァッ!!』 至近距離と密集したことが災いしてゴーレムは炎の塊を避けることが出来ずに容易に核を打ち抜かれてしまった 「やったぜ!」 土壇場でピンチを凌ぎ切って攻勢に転じたチッサーはその勢いに乗じて炎の拳をゴーレムに向けて次々と繰り出していく 「とりゃあっ!アチョー!」 ブオォォォォッ!! ゴオォォォォッ!! 拳から放たれた炎はゴーレムの胸元めがけて飛んでいく 「どうだ?」 炎は惜しくも急所の“核”を捕らえることは出来なかったが、それでも急所まであと僅かのところには命中していた 「あーっ!惜しいっ!」 連続してゴーレムを仕留めることが出来なかったチッサーは悔しがり、ますます攻め手を強めていった 「とりゃ!ハッ!それっ!」 炎が再び唸りをあげて火矢の如く飛んでいく しかし、ゴーレムとて学習能力が無い訳ではない チッサーの狙いが胸元の急所と気付くやそこを巨大な手で覆い隠し、炎を防いだのだ 「あーチキショー!気付きやがった!」 狙いが気付かれたとみるやチッサーは再び自慢のフットワークを使いゴーレム達を撹乱しようとした・・・が、 ガクッ・・・ 「!?」 不意に足元がもつれてしまい、転びそうになってしまう (な・・・なんだ!?) 先程まで軽快に動いていた身体が急に重くなった まるで両手両足胴体の至るところに重りをつけられたかのようだ (ど・・・どうしたんだよ!?オイ!?) 動かなくなった身体に焦りを感じる。予想外の出来事に一気に頭が真っ白になっていく (オイ?動けよ!オイ?オイってばよ!?) 突如何の前触れもなく硬直してしまったチッサーにどこからか檄が飛んできた 「コラ!バカ!早く逃げろって!」 聞き覚えのある声だ 「マイ!?」 見ると、ゴーレムの不意討ちを喰らって昏倒していたハズのマイが上体を起こして叫んでいるのだ 「何ボサッとしてんのよ?アンタ狙われてんのよ!」 「わかってる!でも、身体が動かねぇんだよ!」 急に動けなくなったことで格好の標的になっているであろうことはチッサーだって容易に想像がついている ただ、身体が動かなくなった原因がわからないのがもどかしいのだ 焦るチッサーにマイが叫ぶ 「もうバカ!アンタの魔法は使った分だけ“種火”が小さくなるのよ! そんで“種火”が弱まったらおしまいなのよ!」 「えっ?」 マイに言われてチッサーはハタと気付き、両の拳の炎に目をやる 「あーっ!」 チッサーが見てみると、先程まで勢いよく燃え盛っていた魔法の炎がいつの間にかみるみるうちに弱く小さくなっていたのだ 「ど、どうすればいい?」 慌てふためくチッサー。そんなチッサーを諌めるかのようにマイが指示を出す 「とりあえずしばらく魔法を使わないで逃げ回って!そしたら炎の勢いが回復するから!」 「わかった!」 この場には2人しかいない。頼れるのは己達だけ。そんな中、マイはまだ動けない・・・ 再び訪れた絶体絶命のピンチにチッサーは自らを奮い立たせる 「マイ!絶対助けてやるからな!待ってろ!」 重くなった身体にムチを入れ、チッサーは立ち上がり自らが囮となるべく逃げ回り出す 「オラァ!コッチだコッチ!かかってきやがれ!」 わざと叫び、ゴーレム達の気を引き付ける 当然、派手に叫び回るチッサーを見逃すゴーレムではない 鈍重ながらもゴーレムはチッサーを追い回し、次々と丸太のような腕を振り下ろしていく ドゴォォォン!! ゴバァァッ!! ゴーレムの腕が地面を穿つ度に土煙と粉塵がモウモウと舞い上がる 「わっ!?ヤベッ!」 健脚を飛ばし逃げ回るチッサーだが、体力を消耗した今の身体でゴーレムの一撃必倒の攻撃を避け続けるのはさすがに厳しいようだ 逃げ続けてチッサーの魔力が戻るのが先か、それともゴーレムの攻撃がチッサーを捕えるのが先か・・・ そんな中、逃げ疲れたのかチッサーが足をもつれさせて派手に転んでしまった 「うわっ!?」 勢いがついていただけになかなか起き上がれないでいたチッサーの周りを、いつの間にかゴーレムが取り囲んでしまっていた 「チキショー・・・あと少しなのに・・・」 地面に突っ伏したまま歯噛みするチッサー 両手の炎は逃げ回ったことでいつしか発動前近くまで回復していた だが、自らが転んだことで攻勢に転じるチャンスを逃してしまったのだ 自分自身の不甲斐なさに悔しさが込み上げてくる そして絶叫― 「うおぉぉぉーっ!」 今の状況を端から見れば、誰がどう見ても断末魔の叫び・・・ しかし、その叫びが思わぬ奇跡を起こした ビュオン!! 突然、突っ伏したチッサーの顔に突風が襲いかかった 「うわっ!?」 砂塵をモロに受けて、チッサーはたまらずに顔を拭う そして目を開いた次の瞬間、チッサーは信じ難い光景を目撃したのだ 『ガァァァァッ!!』 『ウオォォォォッ!!』 チッサーを取り囲んでいたゴーレムがみな一様に断末魔をあげ、次々と崩壊していっているのだ 「な、何なんだよ!?」 目の前で起きている不可解な現象に、チッサーは唖然となって目を白黒させる と、そんなチッサーに対して、どこからともなく怒鳴り声が飛んできた 「・・・ったく、うっせーんだよ!ギャアギャア騒ぎやがって!」 粗暴で乱暴な言葉遣い。だが、聞き覚えのある声。そして、今、もっとも頼りになる仲間の声― 「ミキ帝!?」 驚き半分、喜び半分でチッサーはそう叫んだ そう、チッサーを取り囲んでいたゴーレム達を一瞬にして粉砕したのは、最強の戦士・ミキ帝だったのだ 地獄に仏、とはまさにこのこと。チッサーは絶体絶命の窮地を救ってくれた喜びを抑え切れず、ミキ帝に向かってありったけの大声で叫んだ 「あ・・・ありがとう!ミキ帝!」 しかしミキ帝から返ってきた言葉は・・・ 「うっせぇ!『ミキ帝』じゃねぇ!『ミキ様』だよ!『様』を付けろよデコスケ野郎!」 痛烈な罵倒となってチッサーに跳ね返ってきた 「な・・・な・・・」 せっかくお礼を言ったにも関わらず文句を言われ、チッサーは絶句する だが、チッサーへの文句は決してミキ帝の本心などではなかった ただ、お礼を言われるのに慣れていないミキ帝の精一杯の照れ隠しだったのだ ミキ帝がゴーレム達を粉砕して間もなく― 「マイーッ!大丈夫かー!?」 魔力が回復し自由に動けるようになったチッサーは、ミキ帝へのお礼もそこそこに相方・マイの下へ喜び勇んで駆けていく 「もう、うっさいわね・・・大丈夫よ!」 「ホントに大丈夫?痛いところはない?」 「あーもう!平気だってば!」 ケガは無いかと甲斐甲斐しく気遣うチッサーにマイがキツく当たる もっとも、それはマイの本心ではなく、構ったり世話を焼かれたりするのが照れくさいだけなのである そんなやり取りをしている2人の傍に、いつの間にかミキ帝が忍び寄っていた 「あ・・・ミキ帝」 ペチッ!! 「ぎゃっ!?」 マイがついうっかりミキ帝を呼び捨てにするや否や、ミキ帝はマイの広い額をひっ叩く 「おい?目上の人には『様』を付けろよデコスケ野郎!」 「痛ったぁ・・・ちょっと!何すんだよ!」 突然ミキ帝にひっ叩かれたことで怖いもの知らずのマイはミキ帝に食ってかかり出す ところが相手が悪すぎた ムギュッ!! 「ほう・・・生意気な口を叩くのはこの口か!?この口か!?」 ミキ帝はマイの厚い頬っぺをつまみあげると、それを思い切り横へと引っ張ってみせる 「いひゃい(痛い)!いひゃいっひぇば(痛いってば!)」 なおも食ってかかるマイに対してミキ帝は容赦無く“お仕置き”を加えていく 「どうやらまだお仕置きが足りねぇようだな・・・オラ!この口か!この口か!」 「あ゙ーっ!」 それから僅か数秒後― そこにはミキ帝に引っ張られて痛む頬っぺを押さえてシクシクと泣きじゃくるマイと、それを慰めるチッサー、 そしてそんな2人に全く興味無し、といった風情のミキ帝の姿があった 暴君・ミキ帝にお仕置きされ、すっかりおとなしくなってしまったマイ だが、ミキ帝はそんなマイの様子などお構い無しに傍にいたチッサーに一方的な通告を突きつけた 「おい、お前!ソイツを連れて早くどっか行きやがれ!」 「あ゙ぁ?なんでなんだよ?」 ミキ帝のあまりの理不尽さにカチン!ときたチッサーはつい、反抗的な態度を取ってしまう 自分の目の前で相方があんな酷い目に遭わされて腹が立たないワケがない たとえ相手があのミキ帝であろうと、だ そんな反抗的なチッサーにミキ帝は怒りを爆発させる 「あ゙ぁ?うっせぇぞクソガキ!つべこべ言ってんじゃねぇ!時間が無ぇんだよ、時間が!」 そう言うなり、ミキ帝はチッサーの襟首を掴み、力づくでこの場から追い出そうとする 「ヤだよ!離せよ!離せってば!」 ミキ帝に屈したくないチッサーは激しく抵抗してミキ帝の手から逃れようと必死にもがいてみせる 「この野郎!」 カッとなったミキ帝が得物を振り上げ、チッサーに一撃をお見舞いしようとした、その時だった ドォォォォン!! 不意に地面に強烈な震動が走った 「うわっ!?」 ミキ帝と揉み合っていたチッサーは地面からの衝撃を受け、よろめいて派手に転んでしまう 「いててて・・・」 転んでぶつけた臀部を押さえながらチッサーは起き上がってみると、そこにはあさっての方をむいて仁王立ちになったミキ帝の姿があった 「おい!」 無視するな、とばかりにミキ帝に怒鳴りつけようとしたチッサーだったが、 ミキ帝の視線の先にあるものを見つけた瞬間、慌てて言葉を呑み込んだ 「待ってたよ・・・アヤちゃん」 抑揚のない声でそう呟いたミキ帝の視線の先にあったのは、かつての相棒・アヤヤの姿であった ミキ帝の口振りはまるでアヤヤがここへ来るのはさも当然、と言わんばかりであった そんなミキ帝に、かつての相棒・アヤヤも実に落ち着いた口調で 『探したよ』 と、一言返した 短い言葉を交わした2人は無言のまま互いを見つめ、目を逸らそうとしない そして見つめあったまま、しばし時間が過ぎていく その間2人は一言たりと言葉を交わそうとしなかった 何故か? 長く連れ添ってきた無二の親友である2人には、互いの意思を確認するのに余計な言葉などは必要なかったのだ 沈黙が続くと、2人のいる空間には張りつめた空気が漂い始める 互いの身体から発する重圧がぶつかりあって、ますますその場を重くしていく どれほど時間が過ぎた頃であろうか、やがてミキ帝がアヤヤにいつになく厳かな口調で問いかけた 「アヤちゃん・・・アタシ達どうしても殺り合うしかないの?」 ミキ帝の問いかけを聞いたアヤヤは一呼吸おいて、静かに返答する 『当たり前よ・・・あなたがアタシを裏切ったんだからその罪を償ってもらうわ・・・ ミキちゃん、あなたのその身体でね!』 そう言うとアヤヤは得物の金属製の棍を構え、臨戦態勢に入る それを見たミキ帝は一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、すぐにカッと目を見開き構えを取った 「やるしかないなら、とことん殺り合ってやるよ!」 闘志を昂らせ、互いに激しく睨み合うミキ帝とアヤヤ ぶつかり合う烈帛の闘気が辺りの空気を一変させ、一触即発の危うさを醸し出していく と、そんな中、運悪くその場に取り残されてしまったチッサーとマイはこの状況下でどうしようかと狼狽えていた すると、2人の気配に気付いたミキ帝が振り返ることなく2人に向かって告げた 「お前らわかっただろ?もうじきここは戦場になる。アタシとアヤちゃんが本気で殺り合ったらお前らの生命の保証なんか出来ねぇ・・・ だから・・・早くここから離れろ!」 「「!!」」 そう言われて初めてチッサーとマイはミキ帝の乱暴な態度のその訳に気付いたのだ 何も2人が憎くてあんな悪態をついたのではなく、2人を危険から遠ざけるために、の振舞いだったと・・・ 「わかったよ・・・」 ミキ帝の真意に気付いたチッサーはそう一言こぼすと、傍にいたマイの手を引いてその場から立ち去ろうとする 手を引かれたマイも戸惑ってはいたが、やがてチッサーにされるがままに、連れ立ってミキ帝の傍から離れて行った 「それでいい・・・」 2人が立ち去る足音を聞き取りると、ミキ帝はポツリと呟いた これで憂いは無くなった。そう判断したミキ帝はさらに気勢をあげ、闘志を昂らせていく 「ウオォォォーッ!」 そして僅かに呼吸の乱れたアヤヤの隙を突いて、一気にその懐へと飛び込んでいく! 「ハァァァァーッ!」 一瞬の隙を見逃すことなく、ミキ帝はアヤヤの懐めがけ飛び出した その速さたるや、さながら疾風の弾丸の如く 「!!」 不意を突かれたことに気付いたアヤヤはすぐさま構えを直し、弾丸と化したミキ帝を撃墜するべく照準を定める (やっぱり、そう簡単にはいかないか・・・) ミキ帝が独り言る 相手が並の人間なら構える間もなくミキ帝は易々と蹴散らすことが出来たであろう だが、相手は化け物。ほんの少しの不意を突いたくらいでは動揺ひとつも誘えなかった それどころか、迎撃の構えさえ取っている もちろんそれはミキ帝の想定内である ただ、ほんの僅かな時間でもアヤヤの機先を制することが出来たのはミキ帝にとってはとても大きかった というのも、通常の状態で2人が戦ったとすると、圧倒的に不利なのはミキ帝の方である その理由は『得物の差』 ミキ帝の得物はトンファー・ブレード、それに対し、アヤヤの得物は金属製の棍 ミキ帝とアヤヤの『攻撃範囲』では雲泥の差がある 加えて、アヤヤの棍はどういう仕組みか通常の状態の2〜3倍の長さまで伸ばすことが可能である そんな懐の深いアヤヤと対峙して、相手の間合いで戦うことはまさに自殺行為 しかし、一度懐に潜り込みさえすれば、棍の重さと間合いの長さが仇となってアヤヤはミキ帝に応戦し切れないだろう アヤヤの間合いを掻い潜り、喉笛に食らいつく・・・そんな秘策をミキ帝は実行に移すべく危険を顧みずアヤヤに迫っていく 「加速っ!」 ギュン!! かけ声とともにミキ帝はさらにスピードを上げて突き進む 『なっ!?』 一瞬たじろいだのはアヤヤである。通常時でも十分速いのにそこからさらにスピードアップされては目で追うのに一苦労だ しかしその一方で、アヤヤの頭の中には(しめた!)という感情が沸き起こっていた 何故か?理由は単純である。超速での急接近はいち早く標的に到達する利点がある反面、軌道が読まれ易いという欠点もある 加えて、なまじスピードが出ているだけに、緊急回避は困難である アヤヤにすれば、ミキ帝がいくら超速で迫ろうが、その軌道上に攻撃を重ねてさえおけば、 勝手に向こうの方から棍にぶつかってくるだろう・・・ということである そこでアヤヤは、このまたとない好機に対し、瞬時に次の二択を頭に思い描いた ミキ帝の迎撃に『突き』でいくのか、それとも『薙ぎ払い』でいくのか・・・ 『突き』の利点は、その攻撃速度。達人の『突き』は『薙ぎ払い』のそれより速い しかも、超速で駆けるミキ帝にとって、超速で迫る『突き』を躱わすのは至難の業であろう おまけに当たりさえすれば、互いのスピードが凶器となってミキ帝に致命傷を与えるかとは必至 だが、アヤヤはしばし逡巡した後、『突き』ではなく、『薙ぎ払い』を選択した アヤヤの超速の『突き』は超速で駆けるミキ帝には躱わし辛いであろう しかし、『突き』の攻撃部位は先端のみ・・・ 万に一つ、アヤヤの『突き』がミキ帝を捉えられなかったとしたら・・・? それに対して『薙ぎ払い』の攻撃部位は棍の側面全体。攻撃速度は『突き』に劣れど命中度では軍配が上がる 迷いの消えたアヤヤは今一度棍を握り直し、直線軌道上のミキ帝めがけて得物を振り抜いた! 『しぇいっ!』 ブオオオオンッ!! 風切り音を轟かせ、アヤヤの棍が空を切り裂いてミキ帝の身体を粉砕せんと唸りをあげる 二の撃など要らぬ、この初手にてミキ帝を葬らんとする・・・そんなアヤヤの気迫が籠められた一撃だ その迫力たるや、振り抜いた棍に切り裂かれた空気が震え、その震動がそこらにある瓦礫をも揺るがしたほどである ―そして、同時に視ていた者を凍りつかせたのであった 「うわぁ!?」 「いやぁ!?」 実はミキ帝のことが気になっていたチッサーとマイは立ち去ったフリをして、ミキ帝の様子を遠間から窺っていた その遠間から視ていたチッサーとマイが思わず叫び声をあげ、目を閉じてしまった 2人の目からも、アヤヤの神速とも言える初手でミキ帝がやられてしまったものだと映ったのだ 仲間がやられる最悪の瞬間を見たくない・・・と必死に目を伏せた2人であったが、 次に聞こえてきた悲鳴を耳にすると2人は即座に目を見開き、ミキ帝の姿を追ったのであった 『ぎゃあああっ!?』 悲鳴はミキ帝ではなく、アヤヤであった しかもその後もうめき声をあげて苦しんでいるのがハッキリと伝わってきた アヤヤがミキ帝を仕留めたハズ。だが、そのアヤヤが悲鳴をあげてもがき苦しんでいる。これは一体・・・? 「居たっ!」 ようやくチッサーとマイがアヤヤの姿を見つけた時、そこには、にわかに信じ難い光景があった