「な、なんだ!?」 
「うそ…?」 
遠間から視ていたチッサーとマイが目撃したもの、それはアヤヤの肩口から首筋にかけて鋭く牙を突き立てる一頭の狼の姿であった 
『てめえ!離せっ!離せよこの野郎っ!』 
激痛に耐えかね、のたうち回るアヤヤに、狼と化したミキ帝は執拗に喰らいついたままだ 
「ひでぇ・・・」 
「やだ・・・」 
たとえかつての“親友”であってもここまでやるのか!?と、チッサーとマイの2人はそう口にするのが精一杯であった 

やがて揉み合っているうちに、とうとうアヤヤの肩口からミキ帝の牙が離れていった 
『・・・っ!この野郎!』 
片膝をつき、激しく抵抗して乱れた呼吸を整えながら、アヤヤは狼と化したミキ帝を殺意の眼差しで睨みつける 
そのアヤヤに対して、ミキ帝は口から滴る鮮血もそのままに、 
「こうでもしないと、あんたを倒せそうにないからね!」 
と事も無げに言い放つ 
そして深手を追ったアヤヤに休ませる暇を与えることなく、ミキ帝は再び突撃を仕掛けたのだった 
「ウオォォォーン!!」 
咆哮をあげてミキ帝はアヤヤめがけて疾駆する 
『・・・野郎!』 
ブゥゥゥン!! 
みすみす殺られる訳にいかないアヤヤは棍を握りしめ、ミキ帝を迎撃すべく狙いを定めて薙ぎ払いを繰り出した 
しかし、その一撃をミキ帝は跳躍して軽々と躱してみせた 
その躱わす様を見たアヤヤの目が鋭く光る! 
『もらったぁっ!』 
振り抜いた棍をピタリと止め、返しで宙を舞うミキ帝を撃ち落としにかかったのだ 
先程の失敗から、アヤヤは一撃でミキ帝を葬ろうとせず、フェイントを入れて確実に仕留めようと出たのだ 
アヤヤの策にまんまと引っ掛かったミキ帝は跳躍してしまい、空中で追撃を躱わすのは不可能・・・ 
このままだと、アヤヤの棍がミキ帝の身体を打ち砕くであろう 
だが、再び悲鳴をあげたのはまたしてもアヤヤの方だった 



ガキィィィン!! 
『な・・・!?』 
まさかの光景に、アヤヤは絶句した 
ミキ帝の身体を撃ち抜き、骨を砕くハズだった棍は、すんでのところでミキ帝に止められていたのだ 
いや、それ以前にミキ帝は狼から人へと変化していたのだ 
「そう来ると思ったよ!頭の良いアヤちゃんならね!」 
棍を空中で防いだミキ帝はそのまま棍に刃をツーッと走らせ、あっという間にアヤヤの懐へと入り込んだ 
『しまった・・・!』 
懐への侵入を許してしまい、アヤヤは慌てふためく 
接近戦では、アヤヤは不利に転じてしまうのだ 
「遅い!It's show-time!」 
そう叫ぶなり、ミキ帝は両手に持ったトンファー・ブレードをところ狭しと走らせる! 
流れるような連撃がアヤヤの身体を撃ち抜き、切り裂き、傷つけていく 
『ぎゃあああっ!』 
激痛に悶絶しながら、アヤヤは棍を振り回す 
だが悲しいかな、アヤヤの棍はただ虚しく空を切るばかり・・・ 
そんな一方的な状況がしばらく続いた後、ミキ帝が繰り出した大振りの斬撃を胸板に受けて、アヤヤはもんどりうってその身を地面に打ちつけた 
ドサッ・・・!! 
意外であった 
まさかこうも一方的な決着になるとはチッサーやマイはもとより、戦っている本人のミキ帝ですら思わなかったであろう 
だが、結果は結果。そう判断したミキ帝は用心しながらアヤヤの傍へと近づき、その首元に刃を突き立てた 
「ずいぶんと呆気ない決着だったなアヤちゃん・・・いや、マヤザック!」 



そう言うと、ミキ帝は握る刃をアヤヤの首筋薄皮一枚のところまで圧し当て、さらに怒りに満ちた口調でアヤヤを詰る 
「お前はアタシの全てを奪った・・・故郷も、母さんも、そして・・・アタシの人生を!」 
哀しき叫びが静まり返った瓦礫の街に切なく響き渡り、こだまする 
心の奥底に仕舞い込んでいた激情をぶち撒けると、ミキ帝は無言のままアヤヤを憎悪の眼差しで睨みつける 
やがてミキ帝の両の眼からは一筋の涙が頬を伝い、こぼれ落ちた 
その涙こそ、ミキ帝の背負ってきた悲しみの感情全てが凝縮された結露であった 
そして流れる涙もそのままに、ミキ帝はアヤヤに向かって吐き捨てた 
「マヤザック!・・・今、お前の息の根を止めてやる!」 
だが、絶体絶命の窮地だと言うのに、突然、アヤヤは不謹慎にも高笑いし始めたではないか!? 
「てめえ!何がおかしいっ!?」 
嘲笑に激怒したミキ帝はアヤヤの襟首を掴んで激しく睨みつける 
しかし、それでもアヤヤは笑うのを止めない 
それどころか、薄ら笑いを浮かべてさえいる 
ワナワナと怒りにうち震えるミキ帝に対し、ようやくアヤヤが言葉を洩らした 
『マヤザック?ミキちゃんどうかしてるんじゃない?・・・アタシはアヤヤだよ!』 



「えっ・・・?」 
アヤヤの口から発せられた思いがけない一言に、ミキ帝は凍りついた 
自分がマヤザックだと思って打ち負かし、喉元に匕首を突きつけたのは親友のアヤヤだったとは・・・ 
その事実を聞いた途端、ミキ帝の身体に強烈な電流が駆け巡り、身体も、思考回路も一瞬にして麻痺してしまった 
「ウ・・・ウソでしょ・・・?」 
思考能力を失ったミキ帝の口からは、そう発するのが精一杯であった 
傷つけ、生命を奪おうとした相手が無二の親友だったなんて悲しすぎる 
ウソであって欲しい・・・ミキ帝はすがるような思いでアヤヤを見つめる 
が、アヤヤの口からは、残酷なまでの事実がまたしても語られることになった 
『ウソじゃない・・・正真正銘の、アタシよ』 
その一言に耐え難い衝撃を受けたミキ帝は茫然自失となり、脱力感に襲われた 
手に握っていた得物は手からこぼれ落ち、気力を失った身体はやがてミキ帝をへたり込ませた 
もはやミキ帝の心からは闘争心は失われていた 
親友を殺めようとしてしまった事実がミキ帝の心に重くのし掛かり、闘争心を押し潰してしまったのだ 
ガックリとうなだれたミキ帝は焦点の定まらぬ目で地面を見つめ、うわごとを呟くのだった 
「なんで・・・?アヤちゃん、なんで?」 



ミキ帝の失意の訳・・・それは、アヤヤはマヤザックに精神支配をされていたのではなく、自らの意志でミキ帝と対峙したことであった 
この場で初めて対面した時も、闘技場の時と同様、アヤヤの精神はすでにマヤザックによって支配されてるものだとミキ帝は思っていた 
だが、それが違っていたとなれば、ミキ帝は親友・アヤヤを殺める寸前だったことになる 
その信じ難い事実がミキ帝の精神を一気に崩壊させたのだ 
負の連鎖は止まらない 
起き上がったアヤヤが俯くミキ帝の髪を鷲掴みにして、間近まで顔を近づけるとミキ帝に全てを打ち明け始めたのだ 
『確かにアタシの身体にはマヤザックが憑依している 
だけどミキたん、あんたとの“死合い”を望んだのはこのアタシなんだよ! 
言ったでしょ?『アタシを裏切った罪をその身体で償ってもらう』って・・・』 
ひとまずそう言い終えるとアヤヤはミキ帝を突き飛ばし、手にした棍をミキ帝の喉元へ突きつける 
形勢は完全に逆転した 
失意にうちひしがれ、跪いたままのミキ帝と、そのミキ帝をさらなる絶望の淵へと導かんとするアヤヤ 
ミキ帝にはわからなかった 
なぜアヤヤがここまで自分を追い込むのか?そして、アヤヤが口にしていた『裏切った罪』という言葉 
ずっと2人、二人三脚でやってきたハズなのに、なぜ・・・? 



(なんで・・・?なんで!?) 
アヤヤの言う『裏切り者』の何故?だけがミキ帝の頭の中をぐるぐると回り続ける 
でも、いくら考えても考えても答えは出てこなかった 
『まだ分かんないのか!?』 
答えが出ぬまま固まっているミキ帝を見かねたアヤヤが呆れて吐き捨てる 
そしてため息をついた後、冷たい口調でミキ帝を責めるのだった 
『ミキたん!あんたはアタシより“アイツ”の方が大事なんでしょ!?』 
「!!」 
アヤヤの一言に、ミキ帝はようやく気付いた 
アヤヤは・・・“嫉妬”している、と 
何かに気付いた様子のミキ帝に、アヤヤはまくし立てる 
『そうよ!あんたはアタシよりも“アイツ”の方が大切なのよ! 
だから“アイツ”に会うためにこの世界と“アイツ”の世界を隔てる“時空の壁”を壊そうとした! 
女王への復讐なんて二の次、ホントは“アイツ”に会いたいだけじゃない!? 
アタシは・・・ずっと傍にいてあんたを助けてきたのに・・・あんたは応えてくれない 
そんなの耐えられない!これじゃあアタシはまるで道化師じゃない!? 
・・・だからアタシは、アタシの意志でミキたん、あんたとの決闘を望んだの! 
あんたの心が手に入らないなら・・・あんたを殺って、アタシも死ぬ!』 




胸の内に秘めた感情を一気にぶち撒けたアヤヤは身体をワナワナと震わせ、ミキ帝を激しく睨みつける 
やがてその両の眼からは涙が、頬を伝って地面へとこぼれ落ちた 
「アヤちゃん・・・」 
自分が知らなかったとはいえ、ここまで深く相方を傷つけていたなんて・・・。 
そう理解したミキ帝は急速に身体中からスーッと力が抜けていった 
今までミキ帝を支えていた闘争心も、アヤヤの涙で完全に瓦解してしまった 
今、魂の脱け殻状態のミキ帝にあるのはアヤヤに対する負い目と、贖罪に気持ちのみ・・・ 
もうとても戦える状態ではなくなっていた 
いつしかミキ帝の両の眼からも大粒の涙がこぼれ落ち、地面を濡らしていった 
そして― 

「アタシを・・・殺してよ・・・」 
か細い声でミキ帝が呟いた 
「えっ・・・!?」 
ミキ帝の全く予期せぬ言葉に、アヤヤは目を見開いた 
確かにアヤヤはミキ帝に裏切られたことを深く恨んでいた。『殺ってやる』とも口走った 
しかし、それはミキ帝を深く愛しているからこそ― 
愛する者の生命を、嬉々として奪おうとする者がどこに居ようか? 
今度はアヤヤの方が、ミキ帝の生命を奪うのを躊躇い始めた 



「アタシのこの生命で罪を償えるなら・・・アヤちゃん、アタシを殺して!」 
アヤヤを見据えて、今度はしっかりとした口調でミキ帝は嘆願した 
「・・・」 
贖罪のために、自らの死をも厭わぬミキ帝の覚悟を前にして、不覚にもアヤヤは気圧されてしまった 
憎い。自分より他の誰かを選んだミキ帝が・・・自分の心を傷つけたミキ帝が憎い・・・ 
しかし、そこまで自分がミキ帝を殺したいくらい憎むのも、それだけミキ帝に心を許し、愛していたからこそではないか? 
やがて、アヤヤの胸中でミキ帝に対する愛憎入り雑じった感情が大きなうねりとなって頭の中をぐるぐると駆け巡り始めた 
その時だ 
((替われ・・・)) 
突然、アヤヤの頭の中に重く、低く、そして暗い声が響いてきた 
(・・・お前!) 
その声に、アヤヤは聞き覚えがあった 
―“奴”だ。“奴”しかいない。でも、なぜこんな大事な場面で!? 
((アヤヤ、お前の甘ちゃんぶりはもう見てらんねぇ!替われ・・・オレがさっさとケリをつけてやる!)) 



声の主はそう言った 
だが、アヤヤはそれを拒む 
(待て!これはアタシとミキ帝、2人だけの問題だ!邪魔をするな!) 
目を堅く閉じ、アヤヤは声を黙殺しようとした 
ところが、声の主も黙ってはいなかった 
((ケッ!そんなこたぁオレには関係ねぇ!オレの邪魔をする奴はたとえお前でも容赦しねぇ!消えろ!)) 
聞こえてくる声が、まるで雷鳴のように頭の中にガンガンと鳴り響く 
頭が割れるように痛い! 
「や・・・やめろおぉぉぉーっ!」 
堪らずアヤヤは絶叫した 
しかし、その絶叫を最後に、アヤヤは突然白目を剥いて前のめりに倒れてしまった 
バタンッ!! 
「!!」 
何の前触れもなく、急に倒れたアヤヤ 
「アヤちゃん?アヤちゃん!?」 
先程の諍いなどすっかり忘れて、ミキ帝はアヤヤの傍へ駆け寄っていった 



「ちょっと!どうしたの?ねぇ?しっかりして!?」 
アヤヤを抱き起こすと、ミキ帝はその身体を揺さぶってみる 
が、アヤヤはぐったりしたまま動かない 
「ねぇ?ねぇってば!」 
より一層強く揺さぶるも全く反応しない 
事切れたのか?そう思ってミキ帝がアヤヤの顔を覗き込んだその時だった 
突如、アヤヤの目がカッ!と見開き、ミキ帝の顔を見るや、ニヤリと不気味な笑みを浮かべたのだ 
「アヤ・・・ちゃん?」 
目を開けたアヤヤを見て一瞬喜ぼうとしたミキ帝であったが、得体の知れぬ違和感を感じ、アヤヤから手を離し咄嗟に身構えた 
その直後― 
ドスッ!! 
「ゴホッ!?」 
間に合わず、アヤヤの拳がミキ帝の鳩尾を強烈に撃ち抜いていた 
「ゴホッ!カハッ!」 
身体を“く”の字に折り曲げ悶絶するミキ帝を尻目にアヤヤはゆっくりと立ち上がり、傍らに転がっていた棍を拾い上げ、そして一閃! 
ガッ! 
「・・・っ!」 
声にならない激痛がミキ帝の身体を瞬時に駆け巡った。左の肩口を棍で思い切り引っ叩かれたのだ 
「うぅ・・・」 
左肩を押さえてのたうち回るミキ帝。その様を冷酷な目でアヤヤは見下ろしていた 
やがて痛みに耐えながらミキ帝がアヤヤを見上げると、やおらアヤヤが話し始めた 



『やれやれ・・・こんな小娘一人も満足に始末できないとはな・・・“最強の戦士”が聞いて呆れる』 
明らかにアヤヤの声ではない、別人の声だ 
「アヤちゃん・・・いや、お前・・・まさか!?」 
アヤヤの異変に気付いたミキ帝の顔色がみるみると青ざめていく 
『ん?どうやら気付いたようだな』 
顔面蒼白のミキ帝が面白かったのか、アヤヤはいやらしい笑みを浮かべ、律儀にも自己紹介を始めたのだった 
『はじめまして・・・と言うべきか。オレの名は『嫉妬のアヤンキ』 
この小娘がなかなかお前にトドメを刺さないから、オレが直々に出てきてやったぞ』 
そう言うなり、アヤンキは手にした棍を水平に薙ぎ、ミキ帝の横っ面を強かに打ち据えた 
「がっ!?」 
強烈に引っ叩かれたミキ帝は弾き飛ばされ、その身を地面に横たえた 
するとアヤンキは転がっていったミキ帝の傍へ近寄ると、棍の先端でミキ帝を小突き、問いかける 
『しかしまぁ・・・よくあんな安っぽい小芝居でオレを謀ろうとしてくれたなぁ、オイ!』 
「小芝居・・・?ヘッ!何の事だよ!?」 
アヤンキの問いかけをミキ帝が素知らぬ顔で訊ね返す 
その態度がカチン!ときたのか、アヤンキは小突くのを止め、今度は思い切りミキ帝の額を殴打した 
ゴッ! 
辺りに鈍い音が響いた 
「ぐっ・・・!」 
激しく殴打されたミキ帝は地面に身体を強く打ちつけ、大の字になってしまった 
いつの間にか額からは鮮血が滴り、頬には青いアザが・・・ 



ミキ帝がそんな酷い有様なのにも関わらず、それでもアヤンキは再度ミキ帝の元へと近寄ると、 
今度は馬乗りになり、胸倉を掴むとミキ帝を激しく問い詰めた 
『何しらばっくれてんだよ!?お前、わざとコイツを殺さなかっただろ!?』 
そう言って、アヤンキは自らの顔を指差す。もちろん“コイツ”とはアヤンキではなく、アヤヤのことである 
しかしミキ帝は 
「ハァ?何いってんの!?ワケわかんないよ!」 
と言って悪態をついてみせた 
するとアヤンキはミキ帝に平手打ちし、胸倉を強く絞り上げた 
『ハッ!わかってんだよ!お前が本気で殺そうと思えば、一番最初の時にコイツを殺れたハズだ! 
でも、お前はそうしなかった・・・何故か?簡単なことだよな、オイ!』 
アヤンキは今一度ミキ帝を鋭く睨みつけると、今度は一転薄ら笑いを浮かべ、答えを語り出した 
『お前はオレがコイツ・・・アヤヤを支配していることを知ってた 
お前はアヤヤを救いたい。しかしオレがコイツを支配いてるんじゃあ、迂闊に手出しできない 
もし、オレを殺ろうとしたら、コイツも道連れになっちまうからな 
そこで・・・だ。お前は考えついた。コイツを殺す“フリ”をすれば、オレがコイツから出て行くだろう・・・ってな!』 
「!!」 
アヤンキの言葉に、ミキ帝の顔色が変わった 
無論、それを見逃すアヤンキではなかった 
『図星か!お前は感情がすぐ顔に出るから分かり易いなぁ〜!』 
図星を突かれ、顔を歪めるミキ帝。そんなミキ帝をいたぶるようにアヤンキは言葉を続ける 
『だからお前はコイツに深手は負わせたものの、致命傷は与えなかった・・・そうだろ?』 



アヤンキの推測にミキ帝は顔を背ける。完全に図星だった 
推測通り、最初からミキ帝はアヤヤを殺すつもりなどなかったのだ 
だが、ミキ帝にとって大きな誤算があった。それはミキ帝のファーストコンタクトがアヤンキではなく、アヤヤ本人だったこと 
アヤヤ本人が出てきたことで、ミキ帝の思い描いていた青写真が大きく狂ってしまう 
ミキ帝の手の内はアヤヤの奥底に潜んでいたアヤンキに冷静に観察され、見抜かれてしまった 
終わりだ・・・そう思うとミキ帝の身体中の力がスーッと消えていった 
『フッ・・・お前の考えなど所詮は浅知恵、このオレを謀ろうとした軽率さをあの世で悔やむがいい!』 
心身共にボロボロになったミキ帝を処分すべく、アヤンキは棍を高々と掲げ、ミキ帝の頭部に狙いを定める 
そのまま一気に棍を振り下ろし、ミキ帝の頭蓋骨を粉々に粉砕するつもりなのだ 
『滑稽な小芝居、楽しませてもらったぜ!それじゃあ・・・アバヨ!』 
ミキ帝に死の瞬間が迫り来ようとしている。しかし、全てに疲れ果てたミキ帝にはその場から逃げる気力などもう残っていなかった 
これで楽になれる・・・そう思ってさえいた 



だが― 
「うおおおーっ!」 
誰かが叫びながらここへと急接近してくる 
「バカ!止めろっ!」 
ミキ帝は我に返って絶叫する 
叫び声の主は、逃がしたハズのチッサーだったからだ 
ゴーレムにさえてこずっていたチッサーが、アヤンキ相手に到底勝てるワケがない 
なのになぜ、今さらここへ戻ってくるというのだ? 
もしかして、アタシを助けようというのか?犬死にするだけだ!お前は生命が惜しくないのか!? 
理解できない・・・とても理解できない・・・ 
ミキ帝がそう苦悩する内にチッサーはもうここへ到着していた 
そして炎を湛えた拳をアヤンキめがけてがむしゃらに振り回していく 
「バカヤロー!逃げろ!アタシのことなんかほっといてさっさと逃げろ!」 
悲鳴にも似た声をあげ、ミキ帝はチッサーを追い返そうとするが、チッサーは 
「うっせーよ!お前こそ何ボーっとしてんだ!?アタシがコイツの相手をしてる内に早く逃げろ!」 
と言って、聞く耳を持たない 



ムチャだ。実力差がありすぎる。このままだとただ犬死するだけだ。なんとかしてチッサーを止めないと・・・ 
そう決心したミキ帝がトンファーを構え直した、その時だ 
ドサッ・・・!! 
「イテテテ・・・」 
ミキ帝の目の前にチッサーが吹っ飛ばされてきた 
「おい!大丈夫か!?」 
アヤンキにやられてタダで済むワケがない・・・そう思ったミキ帝はチッサーの傍に駆け寄り、顔を覗き込む 
「くっそー・・・まったく歯が立たねぇ・・・」 
軽口を叩くチッサーにミキ帝はホッとする。だが、ミキ帝の頭の中に不可解な疑問がもたげてきた 
なぜアヤンキはチッサーを殺さなかったのか? 
アヤンキほどの戦闘能力があれば、チッサーを瞬殺するのは訳ないことのハズ・・・ 
なぜ、そうしなかったのか!? 
その謎は、すぐに解けた 



バシュッ!! 
不意にどこからか射出音が聞こえてきた 
そして、その直後、 
パキィィィン!! 
今度はガラスが割れたような音が聞こえてきた 
一体、何が・・・? 
ミキ帝が戸惑っていると、アヤンキの声がした 
『残念だったな!』 
何事か?ミキ帝はアヤンキの姿を目で追う 
(・・・何だ、アレは?) 
そこでミキ帝が目にしたものは、アヤンキの足元に散らばっていた、無数の砕けたガラス片のようなものの残骸 
しかも、つぶさに見ていると、その破片は煙を立てて次第に小さくなっていき、やがて消滅した 
「そうか!氷か・・・」 
ミキ帝がそう呟くと、その隣でチッサーが呆然としていた 
「おい・・・マジかよ・・・」 
その一言で、ミキ帝は全てを理解した。なぜチッサーが無謀な突撃をしたのか?を 
そしてミキ帝は急いでアヤンキに視線を戻す。するとアヤンキは突然何を思ったのか、あさっての方向に火球を放ったではないか? 
ドゴォォォォン!! 
派手な炸裂音とともに、瓦礫の建物の一部がガラガラ・・・と音を立てて崩れ落ちていく 
その有様を見たチッサーが絶叫した 
「マイ!?」 
そしてわき目もふらずに火球が着弾した場所まで一目散に駆けていく 



「マイ!マイ!大丈夫かっ!?」 
血相を変えてチッサーが叫びながら周囲を見回す 
そう、先程の砕け散ったガラス片のようなものは、マイが魔法で作り出した氷で出来た矢か何かだったのだ 
チッサーがアヤンキの気を引きつけている間に、マイがアヤンキに気取られぬよう遠距離から狙撃する計画だったのだろう 
だが、それは失敗に終わった 
アヤンキはチッサーを相手する一方、どこかで息を潜め機を窺っているマイの居場所を探っていたのだ 
そしてチッサーを一蹴した直後、マイから矢が放たれた 
その一撃さえどうにかすれば、あとは撃たれた軌道上を辿ってマイの居場所を特定する・・・それだけでいい 
『フン!お前同様、浅はかな奴らだ。一人しかいない時点で何か企んでるのを気取られぬとでも思ったか!』 
そう言い残すと、アヤンキはミキ帝の前から忽然と姿を消した 
「お・・・おい?待てっ!」 
ミキ帝にはアヤンキの行き先の見当がついていた 
痛む傷口を押さえ、萎えた気力を奮い立たせ、ミキ帝はアヤンキの後を追う 
今度こそ、アヤンキは2人の息の根を止めるつもりだ 
(頼む・・・間に合ってくれ!) 
焦る気持ちを抑えつつ、ミキ帝はその身を瞬間的に獣人に変化させ、全力疾走する