「!!」 
そこでミキ帝が目にしたものは、地面にうつ伏せになって倒れているチッサーとマイの姿であった 
ミキ帝は愕然とした。間に合わなかった。もっと早く気付いていれば・・・ 
いや、それ以前に心を鬼にしてアヤヤを討っていれば、まだ幼い2人が生命を落とさずにすんだのに・・・ 
己の甘さをミキ帝は悔いた。2人の仇を討つべく得物を握り締めた 
その刹那― 
『おっと、まだコイツらは死んじゃいないぜ?』 
アヤンキの言葉にミキ帝は耳を疑った。2人が生きてる・・・それ自体は喜ばしいことだ 
ではなぜ、アヤンキは仕留められたハズのチッサーとマイを生かしておいたのか? 
再び起き上がり、いつ寝首を掻くとも知れないのに・・・余裕の現れか?それとも・・・ 
ミキ帝の頭の中を疑問がぐるぐると駆け巡る。そして― 
(!!) 
ミキ帝は気付いてしまった。と同時に、絶望感に打ちひしがれてしまった 



『もう来たのか。速いな。流石は狼の獣人・・・』 
ミキ帝の姿を見たアヤンキはそう言った。と、同時にミキ帝にこう警告した 
『変な気は起こすなよ。もし、妙なマネをしたら・・・コイツらを始末する!』 
そう、アヤンキはチッサーとマイの2人を“人質”にしたのだ 
こうなってしまっては、もう手出しなど出来ない。詰んでしまった。今度こそ、もう終わりだ・・・ 
ミキ帝は両膝をついて、その場にへたり込んだ 
『せめてもの情けだ。苦しまないよう一撃で終わらせてやる』 
アヤンキは棍をスーッと上げ、大上段の構えを取る 
その一撃でミキ帝の頭蓋骨を砕き、即死させるつもりなのだろう 
観念したミキ帝は抗うことなく静かに目を閉じた 
そしてアヤンキに対し、こう懇願したのだった 
「アタシの生命はくれてやる。その代わり、その2人は見逃してやってくれ!」 
その懇願に、アヤンキは少し思案した後、 
『いいだろう』 
と承諾した 
アヤンキが2人の生命を約束したことでミキ帝は少しだけ心が晴れた 
しかし、それでも多くの無念が残った 
(みんな、ゴメン!アタシが甘かったせいでマヤザックを仕留め損ねたよ・・・ 
あとは、よろしくね・・・) 
閉じた目から、一筋の涙がこぼれ落ちた 
それを合図に、アヤンキは全力で棍を振り抜く! 
『でやぁーっ!!』 
(もう一度だけ、会いたかったな・・・) 



ガッ!! 
「・・・?」 
棍が空を切り裂く音はした。だが、自分は・・・生きている?一体、何が!? 
そう思ったミキ帝は閉じていた目を開いた 
すると、そこには信じられない“奇跡”が起きていた 
アヤンキの棍はミキ帝の頭上で止まっており、しかも、それを一人の男が受け止めていたのだ 
見覚えがある、そしてとても懐かしい・・・死を覚悟した時、“会いたい”と願った“最愛の人”― 
ミキ帝は気がついたら、男の名前を叫んでいた 
「・・・ショージ!!」 
名前を呼ばれた男は受け止めた棍を振り払うと、振り向いて絶叫した 
「ミキティーーーーーッ!!!」 
本物だ。やっぱり本物のショージだ・・・ 
信じられない・・・だけど夢でも、幻でもなくて、現実なんだ!! 
異世界の時空間をも超えて、再び巡り会えたまさに“奇跡”― 
気がつくと、ミキ帝はショージの胸に飛び込んでいた 
「ショージ・・・ホントにショージなの?」 
せっかくの再開なのに、何から話せば良いのかわからず、出てきた言葉はありきたりのものだった 
しかし、気持ちを伝えるのにはそんな言葉でも十分だった 
「あぁ、本当にボクだよミキティ!ずっと・・・ずっと会いたかった!!」 
“最愛の人”ショージは愛しそうにミキ帝を強く抱きしめる 
互いの温もりが通い合い、それが互いが本物である、何よりの証拠となった 
「良かった・・・やっと会えたよ・・・」 
大粒の涙を流し、ショージに寄り添うミキ帝 
「もう会えないかと思ってた・・・もう二度と離さない!!」 
ミキ帝の泣き顔を見て、ショージも大粒の涙をこぼす 
見詰め合う2人。だが、そんな愛し合う2人を邪魔する者がいた 
バシィィィ!! 
痛烈な音がした 
「うっ!?」 
ミキ帝を抱きしめていた、ショージの顔が苦痛に歪む 
「ショージ!?」 



『下らん・・・実に不愉快だ!』 
嫉妬に狂ったアヤンキが、ミキ帝の最愛の人・ショージをぶん殴ったのだ 
「おい!てめぇ!」 
眼前で最愛の人が傷つけられ、ミキ帝はいきり立つ 
が、しかし、ミキ帝は頭に血が昇るあまり、大切なことを忘れていた 
『おい・・・ちょっと待てよ?もうコイツらのこと、忘れたのか?ああん?』 
そう言ってアヤンキは棍の先端でチッサーとマイを小突いてみせる 
「!!」 
そうだった。ミキ帝は未だ人質を取られていたのだ 
「くっ・・・!」 
唇を噛むミキ帝。そのミキ帝の悔しがる表情が愉快なのか、アヤンキはさらに言葉でミキ帝を嬲る 
『所詮、愛なんてものはまやかしなんだよ・・・見てろ。その男、ずっとお前を庇ってるが、いざとなったら逃げ出すぞ?』 
そう言ってアヤンキは再び無防備なショージの背中を棍で打ち据えた 
バシィィィ!! 
「がああっ!?」 
アヤンキの手にしてる棍は金属製だ。生身の人間がそう何度も受けれる代物ではない 
しかし、それでもショージはミキ帝がケガせぬよう、ギュッと固く、力強く抱きしめる 
「ミキティ・・・ここは我慢するんだ・・・」 
激痛に苦しみながらも、ショージはミキ帝を気遣い、耳打ちして自制を促す 
「ショージ・・・」 
ミキ帝は今にも泣き出しそうな声でショージの名を呼ぶと、ギュッと抱きしめ返す 
『!!』 
その行為がアヤンキの逆鱗に触れた 
『ええい!虫唾が走るっ!!』 
アヤンキはまたもや無抵抗のショージを棍でぶん殴ったのだ 
バシィィィ!! 
「ぐあっ!!」 
『ハハッ!ずいぶんいい声で鳴くじゃないか、異世界の者よ!さぁ、もっといい声で鳴いてくれよ!』 
バシィィィ!! バシィィィ!! 
「ぐあっ!?ううっ!?」 
「ショージ!?ショージ!!」 



苦悶の表情を浮かべるショージ。額からは激痛のせいか、脂汗が滲んでいる 
「やめろっ!やめろ!」 
これ以上堪えられない・・・ミキ帝の悲痛な叫びが響き渡る 
しかし、その声もアヤンキには届かない 
『ほら!もっとだ!はら!もっと!もっとおおおおーっ!!』 
バシィィィ!! バシィィィ!! バシィィィ!! バシィィィ!! 
幾度となく、ショージの身体を叩く音がした 
それでもその間、ショージは痛みに耐え、ミキ帝が傷つかぬよう、ギュッと固く抱きしめていた 

それからどれだけ悲鳴と音が交錯したことだろう 
いつしかミキ帝からは声が消え、アヤンキは息が切れ出した 
『ハァ・・・ハァ・・・まだくたばらないのか?』 
半ば呆れ気味にアヤンキが吐き捨てた 
「まだ・・・まだ、くたばるワケにはいかねぇんだよ!」 
振り絞るように、ショージが叫ぶ 
戸惑うアヤンキ。アヤンキには、これほどの苦痛を受けてもなお、ミキ帝を庇い続けるショージが信じられなかった 
そしてつい、アヤンキの口から問う言葉が洩れた 
『なぜ、そこまでその女を庇う!?その女は親友を裏切ったんだぞ!?お前だっていつか裏切られるかも知れないんだぞ!? 
こんな苦しい思いなどせずに済んだのに!』 



「何故って?そんなこともわからないのか・・・」 
息も絶え絶えにショージは言う 
『なんだと・・・!』 
みるみる険しい顔つきになるアヤンキ。棍を持つ手が震えていて、怒りを抑えているのがハッキリとわかる 
それでもショージはキッパリと言い切った 
「てめえの大事なモン護るのに、理由なんかねえよ! 
理屈じゃないんだよ!身体が・・・身体が勝手に動くんだよ!」 
ショージの叫びに、アヤンキはしばし絶句した。わからない・・・この男の気持ちが、全くわからない・・・ 
気がつくと、アヤンキはまたショージに問い掛けていた 
『お前、死ぬかも知れないんだぞ?死ぬのは怖くないのか? 
オレがお前のその頭を砕けば、死ぬかも知れないんだぞ?それでも怖くないのか?』 
アヤンキの脅迫めいた言葉にも、ショージは揺らぐことなく言い切った 
「死なねえ!いや、オレは・・・死ぬワケにゃいかねえんだ! 
オレは、アヤちゃんに『ゴメン』と謝るまでは、絶対死なねえんだ!」 
『!!!』 
その絶叫に、何故かアヤンキの身体中に電流が走った 
そして気がつくと、目からは大粒の涙がこぼれていた 



『な・・・なんだ、これは?』 
流れる涙を拭おうとするも、身体は全く動かない! 
さらに、口が勝手に動き出した 
『ミキたん!今よ!早くアタシを刺してっ!』 
アヤンキの声ではなかった。押し込められたハズの、アヤヤの声だった 
((ど・・・どういうことだ!?何故、アイツが出てくる!?)) 
アヤンキは完全に狼狽する。今まで支配していたアヤヤの身体が勝手に動くのだ! 
「アヤちゃん!?」 
戻ってきたアヤヤが言う願い事に、ミキ帝は戸惑う。アヤヤを刺すなんて・・・親友を刺すなんて、自分にはもう二度と出来やしない! 
だが、アヤヤはなおも強く懇願する 
『早くっ!時間がないのっ!アタシはコイツと心中する!だから、アタシの心臓を刺してっ!』 
そう言ってアヤヤは胸を突き出し、己の左胸を指差す 
「・・・」 
アヤヤの悲壮なまでの決意に愕然とするミキ帝。しかし、意を決して刃を構え、刺し貫かんと駆け出した 
「待てっ!ミキティー!」 
ショージの制止も聞かず、理性を失くした獣の如く躍動する 
「うわああぁぁぁーっ!!」 
弾丸と化したミキ帝がアヤヤを駆け抜けるのに、そう時間は要らなかった 
ドスッ!! 
ミキ帝の刃が、アヤヤの左胸を突き刺した 
傷口は見事なまでに背中まで貫通している 
『うっ・・・!』 
微かなうめき声をあげ、アヤンキ、いや、アヤヤはミキ帝に寄りかかる 
口元からは鮮血がこぼれ、頬には涙が伝っていた 
『ゴメンね・・・ミキたん・・・イヤな仕事・・・押しつけちゃって・・・ 
ゴメンね・・・ホントにゴメンね・・・』 



ミキ帝の耳元で、アヤヤは懺悔した 
「もう・・・いい・・・もう、しゃべらなくていいから・・・」 
声にならない声で、ミキ帝は答えた 
そして、代わりにアヤヤを優しく抱きしめた 
「謝らなくちゃならないのはアタシの方だよ・・・アタシのせいで、アヤちゃんをいっぱい傷つけちゃったね・・・ 
ゴメンね・・・ゴメンね・・・」 
嗚咽しながらミキ帝もアヤヤに懺悔する。互いが互いを労り、互いを赦し合う 
ただ、その時が来るのが、あまりにも遅すぎた 
『コホッ!?』 
咳き込んだアヤヤの口から、真っ赤な鮮血が滴り落ちる 
「アヤちゃん!?」 
『アハハ・・・もうお別れみたい・・・』 
かすれた涙声でアヤヤは言った。声が弱々しくなってきている 
「アヤちゃん!ゴメン!オレが・・・オレがミキティーを取ったばかりに・・・」 
いつの間にか、ショージもアヤヤの傍に駆けつけていた。そしてアヤヤに懺悔する 
その懺悔にアヤヤは微笑み、ショージに語りかけた 
『もう、いいんです・・・ミキたんの幸せを素直に喜べなかった罰が・・・きっと当たったんです・・・ 
その代わり・・・ミキたんを・・・幸せに・・・』 



最後にそう言い終えると、アヤヤは眠るように目を閉じた。その表情は、とても安らかだった 
「うわあぁぁぁーっ!!」 
アヤヤの臨終を目の当たりにした途端、ミキ帝は慟哭した 
声が声にならない。聞こえるのは激しい嗚咽とまるで魂が引き裂かれるような絶叫・・・ 
最愛の相棒を失くしたミキ帝に、今、なんて声をかけたらいいのか? 
アヤヤの亡骸を抱きしめ嗚咽するミキ帝を、ショージはただ傍観することしか出来なかった 

それから間もなくのことだった 
アヤヤの身体から流れる一筋の鮮血に混じって、なにやらドス黒い液体が大量に流れ出した 
「な、なんだ!?」 
そのおびただしい量にショージは慌てふためく 
しかし、血液にしては量が多すぎる・・・そう思った矢先のことだった 
アヤヤから流れ出たドス黒い液体がゴボゴボと泡立ち始めたのだ 
やがてそれはゆっくりと人の形となってゆき、ついには半人半蛇の化物へと変化したのだ 
『ふぅ・・・危ないところだったぜ』 
半人半蛇の化物は、開口一番そう呟いた 
そして辺りを見回しミキ帝の姿を見つけると、こう吐き捨てたのだった 
『残念だったな。お前の親友とやらは結局犬死にだったぜ? 
あーあ、お前が殺しちまったようなもんだぜ・・・どうするつもりなんだ?あぁん!?』 
傷心のミキ帝の神経を逆撫でするかのように、半人半蛇の化物・アヤンキは言葉でいたぶる 



ところが― 
「・・・ククッ!ハハハ・・・アーハッハッハッ!」 
と、突然ミキ帝が高笑いし始めたではないか? 
「・・・ミキティー?ミキティー!?」 
豹変したミキ帝に狼狽するショージ。彼の目には、親友を失ったショックのあまり、ミキ帝がおかしくなったと映ったのだ 
そしてミキ帝の有り様にアヤンキも 
『・・・おい?気でもふれたのか?』 
と、唖然とする 
しかし、ミキ帝は極めて冷静な口調でアヤンキに向かってこう言った 
「まんまと引っかかってくれたね、おバカさん!」 
そこには勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべたミキ帝の顔が・・・ 
『・・・なんだと?』 
ミキ帝の言葉の意味を図りかねるアヤンキ。だが、アヤンキの脳裏にある疑念がよぎった 
(・・・まさか!?) 
直感したアヤンキは、すぐさまアヤヤの亡骸を目で追う 
しかし、次の瞬間アヤンキの視界が急にぼやけた 
「よそ見してんじゃねーよ!」 
ガッ!! 
アヤンキの頬に激痛が走った 
『ブッ!?』 
ミキ帝の不意討ちを顔面に受けたアヤンキは倒れこそしなかったものの、大きくよろめいた 
そこへさらにミキ帝が追い討ちをかける 
「よくもショージをふん殴ってくれたわね!そのお返しだよ!」 
獣人化したミキ帝がアヤンキの全身を次々と拳で撃ち抜いていく 
『ちょ!?ぐわっ!?がはっ!?』 
続けざまの連続攻撃にアヤンキは吹っ飛ばされ、地べたを這いつくばらされた 



『くそっ・・・!』 
圧倒的優位に立っていたハズが、不意討ちを食らい地べたを這いつくばる屈辱 
こんなハズでは・・・歯噛みするアヤンキの背中に激痛が走った 
ドスドスッ!! 
『ぎゃああああっ!』 
無防備なアヤンキの背中に、ミキ帝の復讐の刃が突き刺さる 
「これは・・・アヤちゃんの分だよ!」 
深く鋭く刺した刃を、さらに奥まで刺し貫かんとミキ帝は刃に力をこめる 
『ぐああああっ!』 
刃が深々と肉を抉り、キュウキュウと音を立てて食い込んでいく 
『うううう・・・』 
あまりの痛さにアヤンキは気を失いそうになる 
苦痛に耐え、地面を掻きむしる中でアヤンキが見たのは、 
左胸を押さえながらも立ち上がらんとするアヤヤの姿が 
『バ・・・バカな!?』 
アヤンキは絶句した。アヤヤはミキ帝の手によって心臓を刺し貫かれたハズ・・・ 
もしや・・・今、目の前に見えているアヤヤは幻覚ではなかろうか?そうだ、きっと極限状態の激痛が見せる幻覚なのだ! 
そう思いたかった。だが、アヤンキの希望的観測はさらなる激痛とともに霧消していくのであった 
「うおおおおっ!」 
ガッ!! 
左胸を押さえたままのアヤヤが棍を右腕一本で振り回し、アヤンキの顔面を痛打したのだ 



『あがっ!?』 
金属製の棍で顔面を打ち抜かれたアヤンキはたまらず悲鳴をあげた 
ひどい激痛に目が霞む 
その霞む視界に見えたのは、やはり紛う事なき正真正銘、アヤヤの姿であった 
バカな!?あり得ない!生きてるハズがない!アヤヤはミキ帝に心臓を刺し貫かれて息絶えたハズだ! 
胸を刺された感覚は、その身でしっかり味わっている! 
しかし、ではなぜ、こうしてアヤヤは目の前に立っているのだ!? 
『・・・何故だ!?何故、お前が生きてる!?』 
激痛に耐えながら、アヤンキはうわごとのように叫ぶ 
するとアヤヤの代わりにミキ帝が背中越しに答える 
「アヤンキ・・・お前は知らなかったんだよ、アヤちゃんの“秘密”を!」 
『“秘密”・・・だと!?』 
アヤヤが生きてる“カラクリ”があったことにアヤンキは愕然とする 
まさか、アヤヤとミキ帝の2人に嵌められていたとは・・・ 
だが、一体いつ嵌めたと言うのだ!? 
「教えてやるよ・・・アヤちゃんとアタシだけの秘密を。冥土の土産に持って行きな!」 
そう言うと、ミキ帝は刃をより深く突き立てる 
『ぐああああっ!』 
激痛が極限にまで達している。目も霞み、耳鳴りがしてきた 
そんな中、アヤンキはアヤヤの“秘密”を聞くのだった 



「確かにアタシはアヤちゃんの“胸”を刺した。これは事実だ」 
その通りである?それはアヤンキが身を持って体験している 
「だけど、アタシはアヤちゃんの“心臓”は刺していない・・・つまりはそういうことだよ」 
『ハァ?』 
ミキ帝が言うには、『アヤヤの“胸”は刺したが、“心臓”は刺していない』ということになる 
あまりにも矛盾しすぎている。胸を貫通すれば、心臓も貫通するハズ。なのにどうして? 
まだ理解していない様子のアヤンキを見かねてミキ帝が言った 
「『心臓が左胸にある』のが常識だと思ってないか?」 
『!・・・まさか!?』 
ミキ帝に言われ、アヤンキはようやくアヤヤが生きてる謎に気付いた 

「そのまさか、だよ。アヤちゃんは生まれつき心臓の位置が普通の人と逆なんだよ 
だから心臓のない左胸を刺してもケガこそすれ、死にはしないんだ」 
ミキ帝の言葉を受けて、アヤヤが続ける 
「そういうことだよ。だからアタシはわざわざ心臓のない左胸を指差した 
それに気付いたミキたんはアタシの左胸を思いっ切り刺した・・・」 
「そしてアヤちゃんが死ぬものだと勘違いしたお前はノコノコとアヤちゃんの身体から出ていってしまった・・・と」 



常人とは違い、心臓の位置が左右逆・・・アヤヤの“秘密”など知る由もなく、アヤヤの身体から飛び出してしまったアヤンキ 
アヤヤの身体という絶対的な“人質”を失い、その途端、自らの身体にはアヤヤ以上の深手を負わされてしまった 
決して油断していた訳ではない。先天性な秘密をもって産まれたアヤヤの“悪運”につまづいただけだ 
まさに奇跡としか言い様のない大逆転に、アヤンキはただただ遣り処のない怒りに震えるしかなかった 
しかし、その怒りをぶつける相手は決まっている 
目の前にいるアヤヤ、背中にのしかかっているミキ帝、そして全てを狂わせた闖入者・ショージの3人だ 
『こんなところで・・・くたばれるかよ!』 
怒りを原動力に、アヤンキは再び立ち上がろうとする 
「・・・っ!とっととくたばりやがれ!」 
暴れるアヤンキにトドメを刺そうとミキ帝は刃をさらに深く抉り込ませようとする 
・・・が、 
「!?」 
突然、アヤンキの背中に深々と突き刺していた刃がツルリと滑るように抜けてしまったのだ 
「なっ!?」 
その様を真正面から見ていたアヤヤはアヤンキに脱出方法に唖然となる 
なぜなら、その脱出方法は人間にはとても真似できようもない代物だったからだ 



「ぎゃあ!?」 
ミキ帝が素頓狂な奇声をあげた 
それもそのはず、今、ミキ帝の刃の先にあるのは、人間・・・いや、正確には半人半蛇のアヤンキの皮 
そう、アヤンキは半分蛇の特性を活かして強制的に“脱皮”することにより、ミキ帝の手元を狂わせたのだ 
そしてミキ帝の刃から逃げ仰せたアヤンキはそのまま一直線にアヤヤに向かって突き進んでいく 
その様はまるで意思を持った黒い矢のようであった 
「危ないっ!」 
背後から声が聞こえるや、アヤヤは背中をドン!と強い力で突き飛ばされ、地面に手をつく 
「痛ーっ・・・」 
痛む身体を押さえながらアヤヤが振り向くと、アヤヤの立っていた場所にはショージが立っていた 
だが、その身体には、丸太のように太いアヤンキの尻尾が巻きついていた 
「うぅ・・・」 
強烈な締め付けにショージは呻き声をあげ、苦悶の表情を浮かべる 
「ショージさん!?」 
自分の身代わりになったショージを見たアヤヤは急いで起き上がり、アヤンキに襲いかかろうとする 
・・・が、 
『待て!』 
と、アヤンキに呼び止められてしまう 
『なぁ?何か大切なことを忘れちゃいないか?』 
アヤンキはそう言いつつ、さらにショージを尻尾に締め付けていく 



「くそっ・・・!」 
せっかくアヤヤを解放できたというのに、今度はショージが捕らわれてしまい、ミキ帝は歯噛みする 
またふりだしか・・・そう思っていた、その時だ 
「残念でした♪」 
『・・・?』 
声のする方を振り向くと、そこには両手に瓶を持ったチッサーとマイが不敵な笑みを浮かべて立っていた 
『なんだチビ共?お前らも絞め殺されたいのか?』 
アヤンキは鋭い眼光で2人を睨みつけ威嚇するも、2人は涼しい顔だ 
逆にチッサーはアヤンキを睨み返し、 
「悪いけど、余裕ぶっこきすぎだよアンタ!」 
と言って、手にした瓶をアヤンキに向かって投げつけた 
瓶は放物線を描き、アヤンキの顔面へと飛んでいく 
だが、 
『フンッ!』 
パリーン!! 
投げつけられた小瓶を、アヤンキは事もなげに尻尾ではたき落とす 
瓶は中空で砕けてその中身をぶちまけ、地面にはその残骸だけが落ちていった 
『おい?こんなことでオレを倒せるとでも思ってるのか?』 
あまりに拍子抜けなチッサーの行動に、アヤンキは少し怒気を含ませた 
その感情を透かすかのように、マイが 
「思ってなんか、ないよ!」 
と言って、チッサー同様手にした瓶を次々とアヤンキめがけて投げつける 
瓶は見事にアヤンキの頭上へと飛んでいくが、まるでチッサーの時の再現のように尻尾で次々とはたき落としていく 
その度に瓶は粉々に砕け散り、中身の液体はアヤンキの身体に付着していく 



『ムダな抵抗は止めることだな。あまりにも見苦しい』 
チッサーとマイが放り投げる瓶はアヤンキの頭部を捉えることなく、その頭上で粉々に砕け散ってしまう 
アヤンキからすれば、頭部めがけて飛んでくる瓶をはたき落とすことなど造作もないこと 
ショージを捕らえているが故にその場から動くことはままならないが、はたき落とすくらいなら手を使わずとも尻尾で十分 
そして2人の目の前で瓶を粉々に砕くことでチッサーとマイが抱いている淡い希望の芽を摘み取ってみせているのだ 
それでもなお、チッサーとマイはアヤンキめがけて瓶を投げ続ける。が、結果は同じ、辺りに瓶の砕け散る音が虚しく響くだけ 
終に手持ちの瓶を切らしたのか、チッサーとマイは瓶を投げつける動作を止めた 
そこらかしこに瓶の破片と中身の液体が散らばり、無残な様を晒している 
『もう気が済んだか?』 
チッサーとマイの希望を摘み取った尻尾をヒラヒラさせながらアヤンキは言う 
アヤンキの尻尾にこれといった外傷はなく、その先端部に付着した液体が大量に滴っている 
結局チッサーとマイの動作はただの悪あがきだったのだろうか? 
それともアヤンキの意識をアヤヤやミキ帝から逸らすための行動だったのか? 
否、そのどちらでもなかった 



「ああ、気が済んだよ。あとは煮るなり焼くなり好きにしな」 
実に淡々とした口調でチッサーは言う。が、一言付け加えるのを忘れていなかった 
「だけど、お前はもうその人質を殺せない」 
自信たっぷりに言うチッサー。その顔にはまたも不敵な笑みすら浮かべていた 
『ハァ?何バカなこと言ってるんだ?オレが少しでも力を入れたらこの人質はバラバラになっちまうんだぞ?』 
呆れた口調でアヤンキは吐き捨てた 
当然であろう。自分の身体でしっかりと人質の身体を絞めつけているのだ 
ショージの脈や息遣いで如何に苦しんでいるのか手に取るようにわかっている 
そして今の力加減ではショージが逃げるどころか動くことすらままならないのもわかっている 
つまり、チッサーの言ってることはハッタリ・・・それがアヤンキが導き出した最終結論だ 
ところが、チッサー同様、マイも 
「いいや、出来ないね。アンタの力じゃ精々リンゴを潰すのが関の山だよ」 
と、まるでアヤンキを挑発するように吐き捨ててみせた 
『・・・なんだと!』 
アヤンキの表情が今までのにやけ面が一転して怒りの表情へと変わった 
と、同時にチッサーとマイを後悔させるべく、人質・ショージを捕らえた尻尾に強烈な力を加えた! 



『てめえら、後悔させてやるっ!』 
そう叫ぶや否や、アヤンキは全力でショージを絞め上げた 
アヤンキの見立てではものの数秒でショージはバラバラの肉片と化すハズだった 
ところが― 
ツルッ!! 
全力を込めて絞めつけた瞬間、何かがすっぽ抜ける感触がした 
そして聞こえてきたのがショージの間の抜けた悲鳴 
「うおおあっ!?」 
ドスッ!! 
一体、何が起きたのかを全て理解するのにアヤンキは数十秒を要した 
だが、そんなアヤンキでもすぐに理解できたことは、人質のショージを仕留め損なったこと 
『ちぃぃ!何処だっ!?』 
再びショージを仕留めるべくアヤンキはショージの姿を急ぎ目で追う 
すると程なくしてショージの姿を捉えることができた 
『そこかっ!?』 
今度こそ仕留める・・・アヤンキがショージに向かって急襲しようとした 
しかしショージの姿を改めて直視した途端、アヤンキの身体は突然硬直してしまう 
何故か? 
その答えはショージの姿を見たアヤヤ達の反応になった 
「きゃああああっ!」 
「すげぇ!父ちゃんのよりでけえ!」 
「・・・」 
そう、アヤンキもアヤヤ達もショージの露になった下半身、それもご立派なイチモツを見て愕然となったのだ