「ちょっとぉ!早くソレを仕舞いなさいよ!バカッ!」 ショージの下半身から目を逸らし、赤面しながらミキ帝はショージに服を着るよう促す 「あ・・・ああ、ゴメンミキティー」 ショージも我に返っていそいそと服を拾い上げては着込んでいく しかし、何故ショージは無事だったのか? 『グヌヌヌ・・・』 ショージを仕留め損なったアヤンキは言葉を詰まらせ唸るばかり と、そこへ満面の笑みを浮かべたチッサーが誇らし気に語り出す 「コイツのおかげさ」 そう言うチッサーが手にしていたのは先程アヤンキに向かって投げつけていた瓶 「アヤンキ、あんたがこの瓶の中身をぶちまけてくれたおかげで助かったよ」 『・・・どういうことだ?』 チッサーの言葉に疑問を感じたアヤンキが訝し気に訊ねる するとチッサーは瓶の中身を手に取り出してみせた 中身は無色透明、端から見ればただの水のようにも見える だが、チッサーに言わせると、この液体が『魔法の水』だと言うのだ 「この液体は、なんでもツルツルのヌルヌルにしてしまう『魔法の水』なんだ アヤンキ、あんたはこの瓶の中身が何なのかを知らずにその自慢の尻尾で叩き落とした そして直接害が無いと判ると調子に乗って次々と瓶を叩き落としていった・・・ その結果、あんたの尻尾から『魔法の水』が人質の身体に少しずつ染み込んでいったのさ」 『なんだとっ・・・!?』 チッサーの言葉にアヤンキは顔を紅潮させた してやられた・・・すっかり舐めきっていたチッサーとマイにまんまと一杯喰わされたとわかったアヤンキは怒りに震える 「それに・・・アタシ達にはあんたが必ず罠に引っ掛かってくれる自信と確信があった」 身を震わせるアヤンキに今度はマイが語り始める 「本来のあんたならアタシ達の投げた瓶など目をつぶっていても躱せただろうね でも、あんたには躱せない理由があった 何故なら、あんたが捕らえた人質こそがあんたの足枷になってたからだよ!」 『!!』 アヤンキは気付かされた。確かにマイの言う通りだ 人質さえいなければ、アヤンキは自由に動き回ってチッサー達の瓶なぞ躱していたろう しかし、捕らえた人質が却って仇となった 結果、その場を動けないアヤンキは飛んでくる瓶を払い落とす他なかったのだ きっとそうなるであろうことをマイに先読みされてしまったのだ 「ま、おつむの差、だよ!」 口さがないマイは頭を指差し、怒りに震えるアヤンキに追い討ちをかける と、怒り心頭のアヤンキはこらえ切れずに生意気な2人を始末すべくすぐさまつっかかっていった 『てめぇら・・・そんなに死にたいのかっ!?』 人質を失ったことで身軽になったアヤンキは、身体を鎌首のようにもたげ、弓から放たれた矢の如く襲いかかる! だが、 ツルッ!! 『うおっ!?』 飛び込もうとした瞬間、何かの拍子でバランスを崩し、挙げ句アヤンキは派手に転倒してしまったのだ これには一同思わず 「プッ♪」 と、吹き出してしまう 「プッ♪」 「ククッ♪」 「ギャハハハハッ!ヒィ〜!」 カッコをつけたはいいが転んでしまって格好がつかなくなったアヤンキをミキ帝達は容赦なく笑い飛ばす 『グゥゥーッ!』 地べたに這いつくばりながら嘲笑に耐えるアヤンキ しかし、ここで怒りに任せて突撃しては再度転倒するのは目に見えている 同じ轍を踏むものか・・・込み上げてくる怒りを必死にこらえ、なぜ転倒したのかを懸命に追求する ((・・・ん?)) するとアヤンキは自身の腹部、尻尾や上半身にぬめりがあった いや、それだけではない。よく見てみると、這いつくばっていた地べたには水溜まりがあった ((くそっ・・・!忌々しい!)) そう、アヤンキを転倒せしめたのはチッサーの投げつけた瓶の中の“ヌルヌルの素” 身体や地面に付着したヌルヌルの素が原因だったのだ ところが ((・・・!)) アヤンキの頭にある閃きがよぎった そして、すぐさまそれを実行すべく行動に出た 這いつくばった状態のまま地面をゴロゴロと転げ回り、のたうち回る 「・・・ハァ?」 端で見ていたミキ帝達にしてみれば、アヤンキの行動は実に奇妙でとうとう気がふれたのか?と映っただろう だが、アヤンキは大真面目だった。それが直後、ミキ帝達はその身でもって思い知らされることとなった 『ククク・・・さぁ、いくぞっ!』 のたうち回るのを終えたアヤンキは再び上半身を鎌首の如くもたげ、ミキ帝達に狙いを定める そして一本の矢のように真っ直ぐと一行に向かって飛んでいった 「ああん!?なめんじゃねぇ!」 そんな馬鹿正直な攻撃など通用するものかと、アヤヤは棍を構えるとすぐさま水平に薙いだ ビュオン!! 空を切り裂き唸りを立て、棍がアヤンキの胴体を直撃した ・・・が、 「なっ!?」 信じ難いことに、アヤンキの胴を捉えたハズの棍はそのまますり抜けていった 確かにヒットしたのになぜ・・・呆然とするアヤヤの胸部に激痛が走る 「かはっ!?」 傷口を攻められたとあってアヤヤはその場にうずくまってしまう 「野郎っ!」 アヤヤの仇、といわんばかりにミキ帝がアヤンキに襲いかかる 「喰らえっ!」 遠心力を加えた凶刃がアヤンキの首を刈らんとした しかし、アヤンキの首を捉えた刃は素っ首を掻っ切ることはなかった その瞬間、ミキ帝は見た ミキ帝の刃は確かにアヤンキを捉えた。ところがその刃はアヤンキの肌を滑ったのだ (そんな・・・まさか!?) 刃が滑ったことで、ミキ帝は瞬時に悟った 直前のアヤンキの奇妙な行動・・・あれは己の身体にヌルヌルの素を擦り込むための行動だったのだ、と ショージを助けるために取った行動が、まさか自分達に災難として降りかかってくるとは・・・ ほぞを噛むミキ帝に、激痛が走った ガッ!! 「うぐっ?」 アヤンキの拳が、ミキ帝の腹部にめり込んだ。“く”の字に折れ曲がるミキ帝の身体 折れ曲がってかがんだミキ帝のその背中に、今度はアヤンキの両の握り拳が振り下ろされる ドスッ!! 「・・・っ!?」 ドサッ・・・!! 無防備な背中に強烈な一撃をもらったミキ帝は地面にひれ伏してしまう 「ぐうぅ・・・」 「ミキティィィーッ!」 最愛の人が傷つけられたのを見たショージは思わず絶叫する そして自らの危険を顧みずアヤンキに襲いかかるべく飛びかかった 「うおおおおーっ!」 だが悲しいかな、ショージはアヤヤやミキ帝とは違い、戦闘能力などない普通の人間 『フンッ!』 鞭のようにしなるアヤンキの尻尾を胴体にまともに喰らって大きく吹っ飛ばされてしまった 「ぐわっ!?」 アヤンキの尻尾で弾き飛ばされたショージはそのままチッサーとマイの足元まで転がっていった 「おいっ?大丈夫かっ!?」 派手に吹き飛ばされたショージの安否を気遣うようにチッサーが声をかける 「な・・・なんとか・・・」 チッサーに余計な心配をかけまいとショージが答えるが、顔は激痛に歪んでいる 「野郎っ!」 直情的にカッとなったチッサーは気付けば反射的にアヤンキに向かって飛び出していた 「ちょっ!?チッサー!?」 マイの制止の声に耳を貸さず、ただ一直線にアヤンキの元まで駆けていく 「殴るのもダメ、斬るのもダメなら丸焼きにしてやるよ!」 ショージを撃退して気を抜いていたアヤンキの懐に潜り込んだチッサーは今まで溜めに溜めていた魔力を至近距離で爆発させる 「MAXパワー!『僕らの輝き』!!」 『うおっ!?』 不意を突かれた格好のアヤンキはチッサーを追い払う間もなく魔法の直撃を受けてしまう ボムッ!! 大きな炸裂音とともにまばゆいばかりの閃光が走り、その後爆風が辺りを駆け巡る 「きゃっ!?」 襲いかかる閃光と爆風にマイは顔を腕で覆う そして爆風が収まったのを見計らってゆっくりと閉じていた目を開いてみた と、そこには信じ難い光景が広がっていた マイの目に映ったのは不敵な笑みを浮かべ仁王立ちするアヤンキの姿 「ウ・・・ウソでしょ!?」 チッサーの全力の魔法をほぼノーガードで喰らったのだ。無傷でいられるワケがない 付き合いの長いマイだからこそチッサーの力量がわかるのだ。直撃を受けたアヤンキは相応のダメージを受けて然るべきである だが、見たところアヤンキには傷一つすらついている様子がない 一体、何が起きた?まさか、チッサーがしくじったのか? そういえばチッサーの姿が見当たらない 「どこっ!?」 急ぎ周囲に視線を走らせる。すると、アヤンキから約5mほど離れたところにチッサーの姿があった しかし、その姿は見ていて痛々しいものであった 「イテテテ・・・」 至近距離から魔法を放ったせいか、爆風をモロに浴びて顔も服も煤だらけになっていた 加えて吹き飛んだ衝撃からか、身体をあちこち打ち付けたらしくうずくまっている 「チッサー!?」 動揺したマイは思わず無防備なままチッサーの元へ飛び出してしまう 無論、そんな格好の獲物を逃すほどアヤンキは甘くない 鎌首をもたげたかと思うと、黒い矢のようにマイに襲いかかり、そしてガッチリと捕獲したのだ 『フハハハハ!迂闊だったな!』 アヤンキの手がマイの喉笛をガッチリと絞めつけている さながら蛇が獲物に牙を食い込ませているかの如く 『どうだ?この『コブラクロー』の味は?ん?』 マイが抜け出せないのを確信してか、アヤンキは薄ら笑いを浮かべマイを挑発する アヤンキの手から逃れまいと必死にもがくマイ。だが悲しいかな、一度食い込んだ牙はそう易々と抜けるものではない 首吊り状態のマイはただただ足をばたつかせる そんな仲間の窮地を、黙って見ていられようか 「てめぇ!マイを離せ!」 地面にしこたま身体を打ちつけたチッサーが、身体の痛みも顧みずアヤンキに突進する 「今度こそ・・・ぶっ飛ばしてやる!」 怒りに燃えるチッサーの闘志に呼応するかのように、急激に魔力が高まっていく 信じられないことに、先程全力で放った魔力以上のものが集まっているのだ 無論、それに気付かぬアヤンキではない 『バカか?二度も喰らうワケが無かろう!』 ヒュン!! パシィィッ!! 事前に危機を察知したアヤンキは空いている尻尾で駆け寄るチッサーの足首をひっ捕まえる そしてそのままスルスルと手元に手繰り寄せると、今度は尻尾全体でチッサーを絞め上げるのだった 『カカカッ!どうだこの人呼んで『コブラツイスト』は?身体中の骨が軋んでいるぞ?ん?』 「カハッ!ケホッ!」 あばら骨を軋むまで強く絞めつけられ、肺の中の空気を強制的に排出させられる・・・ 呼吸できない苦しさにチッサーはなんとかアヤンキの尻尾から逃れようと必死にもがく が、ショージの時のようにスルリと抜け出すことなくギリギリと絞めつけられたまま ならば、と意を決したチッサーは最後の力を振り絞り、一か八かの賭けに出た チッサーの両手に消え失せかけた魔力が再び充満し始める 「お・・・おい!?よせっ!」 魔力の動きに気付いたアヤヤが絶叫する。チッサーは、あの至近距離で再度『僕らの輝き』を放つつもりなのだ だが、それはまさに生死を賭した攻撃 先程至近距離で放った反動で自身が吹き飛んだことを考えれば、今回チッサーが至近距離で放ってただで済むとは思えない それがわかっていたからこそアヤヤは制止しようとしたのだ しかし、極限状態に追い込まれたチッサーには、アヤヤの声は耳に届かなかった 「く・・・らえ・・・この野郎・・・!」 精一杯充填した魔力を込めた掌を柔らかい腹部に押し当て、一気に放つ! ボムッ!! 「やめろぉーっ!」 アヤヤの絶叫も虚しく、渇いた爆発音が無情に響き渡った 辺りに一瞬、まばゆい閃光が走った 「くっ・・・!」 光を直視しないように目を閉じたアヤヤは閃光が収まったのを感じ取ると、用心しながらうっすらと目を開けた と、そこで目にしたのはアヤンキに巻きつかれたままぐったりとして動かなくなったチッサーの姿が・・・ 結局、チッサーはアヤンキを討つことが出来なかったのだ 「バカ野郎・・・ムチャしやがって・・・」 アヤヤは悔しそうに唇をギュッと噛む。もう少し、チッサーを止めていれば・・・ そういう忸怩たる思いが胸に去来していた ただ、チッサーの行動は決してムダでは無かった 『ゴホッ!?余計なマネを・・・』 わずかではあるが、アヤンキの顔が苦痛に歪んでいる そう、さすがのアヤンキも至近距離で魔法を受けては全くの無傷ではいられないようだ そしてチッサーの“蟻の一穴”は思わぬ展開を引き起こす チッサーの一撃を受けたものの、アヤンキの尻尾と両手は、チッサーとマイをガッチリと掴んだまま しかし、攻撃を受け怯んだ拍子にわずかに身体の力がフッと抜けたのだ それにより、息を吹き返した者がいた 「これでも・・・喰らえっ!」 不意に聞こえてきた声とともに、アヤンキの身体が突然、真っ白になった その直後、悲鳴がした 『ひゃあああっ!?』 何とも素っ頓狂な声である。しかし、裏を返せばそれだけ思いもよらぬ反撃を受けたことになる 悲鳴の主は、もちろんアヤンキ。では、アヤンキの身に何が起きたのか? 『な・・・何だ今のは・・・?』 珍しく、慌てふためくアヤンキ。しきりに全身を両手で拭う動作をしている するとアヤンキはしばらくして、ある“違和感”を感じた (・・・?) アヤンキは突然全身に浴びた何かを拭おうとした。それも両手で、だ。ところがその両手は何かを掴んでいたハズ・・・ それに気付いたアヤンキは慌てて周囲に目を走らせる 『何処だっ!?』 アヤンキが目で追っていたのは、つい先程まで両手でガッチリと掴んでいたハズのマイの姿 そう、先程アヤンキがチッサーの不意討ちを喰らって手を緩めた隙に、マイもわずかではあるが、息を吹き返したのだ 『くそっ・・・』 視線を忙しく走らせるアヤンキ。と、アヤンキの両目が脱出したマイの姿をついに捉えた が、マイはアヤンキに怯えることなく、むしろ不敵な笑みを浮かべていた そして― 「もう一丁!」 かけ声とともに、マイの両手から噴霧された白い霧は、みるみるうちにアヤンキの全身を真っ白に染めていったのだ 『ひゃああああーっ!?』 全身に白い霧を浴びたアヤンキは先程より一層甲高い悲鳴をあげた これだけアヤンキが悲鳴をあげるのだから、無論、ただの霧などではない 「あなたの身体は“熱さ”には強いみたいだけど、“寒さ”には弱いようね!」 『ぐぬっ!?』 マイに図星を突かれたようで、アヤンキは言葉に詰まった そう、マイがアヤンキにお見舞いしたのは“冷気”。白い霧に見えたのはそれだけ周りの大気と温度差があったのだ 「おそらくチッサーのヌルヌルの素が耐火性を高めたんだろうけど、その過信が仇になったようね・・・」 またもマイに図星を突かれたようでアヤンキは言葉を無くした 代わりにそのやかましいマイの口を塞ぐべく、飛びかからんとした 『おのれ・・・言わせておけばぁーっ!!』 上体を鎌首の如くもたげ、鋭い槍の一突きの如くマイを襲う! ・・・が、不意にアヤンキの身体が硬直してしまったではないか? 『う、う、動けっ!?動けこの野郎!』 身体が満足に動かぬことに苛立ち、怒号するも動かぬものは動かないのである 「ムダだよ。冷気があなたの体温をどんどん奪っているのよ。まともに動けるワケがない ・・・ましてや、半分“蛇”の身体を持つあなたにはさぞかし恨めしいでしょうね!」 『お、おのれ〜・・・!』 怨嗟のうめき声をあげるアヤンキ。しかしその声は以前と違って明らかに弱っている 「白き棺の中で、あなたは永遠の眠りにつくのよ・・・さよなら!『デス・コフィン(死の棺)』!!」 ヒュウウウウ!! ビュオオオオッ!! ゴオオオオオオッ!! マイのかけ声とともに、白い霧は瞬く間に荒れ狂う猛吹雪となってアヤンキの全身を包み込んでいく 『ガガガ・・・』 パキパキパキパキ・・・! アヤンキの身体が急速に凍てついていく 『・・・・・・』 やがてアヤンキの声は聞こえなくなり、辺りは横殴りの風の音しかしなくなった それから1、2分ほど経ったであろうか。吹雪が止んだ後、そこにはまるで彫像のような凍てついたアヤンキの姿があった 「ハァ・・・ハァ・・・」 アヤンキが凍りついたのを見たマイは膝を地面につき、そのまま身体を突っ伏した やはりマイとてアヤンキに激しく傷めつけられた傷痕が残っていたのだ 肩で息をし、荒れた呼吸を必死に整える そのマイの元に、疲労困憊の身体を引き摺りながら近付く者が・・・ 「だ・・・大丈夫か?」 チッサーだ。彼女もまた、長時間アヤンキに絞めつけられていた傷痕が残っているのだ 心配そうな顔で見つめるチッサーに、マイは親指を突き立て笑顔で言った 「そうじゃないでしょ!?『やったな!』じゃん?」 「そうだったね」 マイの台詞にチッサーは笑みを浮かべ、地面に転がったままのマイにスッと手を差し伸べる 「・・・ありがと」 マイはチッサーの手を掴むと、ゆっくりと上体を起こして立ち上がろうとした その時― ピキピキピキピキ・・・ どこからともなく、何かが軋むような、そんな微かな音が聞こえてきた 「ん?」 聞き違いではないか?チッサーとマイは互いの顔を見合せた その刹那― パキィィィィン!! ガシャァァァン!! ガラスに亀裂が走り、砕け散ったような音がした。まさか・・・そのまさかであった 『グアァァァァーッ!!』 地響きがするような重低音の雄叫びをあげ、アヤンキが氷の棺から生還を果たしたのだ 地獄の淵から黄泉返ったアヤンキの目には理性が失われ、狂気が宿っている 「あぁ・・・!?」 その瞳、野獣の如し。睨まれたチッサーとマイは狂気の渦に呑み込まれ、言葉を失い、瞬時に身が竦み上がってしまった 動けぬチッサー達とは対照的に、アヤンキは徐々に息を吹き返していく アヤンキの周辺からは尋常ならざる妖気が漂い始め、それが目に見えなくとも肌で感じるレベルまで高まっていく 「あ・・・あ・・・」 みるみる膨張していく妖気を前にして、恐怖に囚われたチッサー達は動くことすらままならない 動け・・・動け!二人は必死に己の身体に呼びかける。しかし、恐怖に囚われた身体が動くことはなかった 恐怖に囚われたチッサーとマイをよそにますます膨張をし続けるアヤンキの妖気 それが臨界点に達した時、アヤンキの姿が思わぬ変貌を遂げたのだ バリバリバリ!! アヤンキの身体中に亀裂が走ったかと思うと、そこから突然、巨大な何かが飛び出した 『シュルルルル・・・』 「「ぎゃああああっ!?」」 アヤンキの新しい姿に、2人はたまらず絶叫する 2人の見たアヤンキの新しい姿、それは黒光りする鱗に身を包んだ大蛇 血の色のように真っ赤な目と、不快な音をたてる舌舐めずりがより恐怖を引き立たせる 「あ・・・ああ・・・」 生理的な恐怖からか、2人は竦ませていた身体をより小さく縮ませる まさに蛇に睨まれた蛙状態。額からは嫌な汗が伝い、それがポタポタと地面に落ちて行く 獲物を十分品定めしたのか大蛇と化したアヤンキは鎌首をもたげ、大きく口を開く そして不意に、その牙をチッサーとマイの2人に向けたのだ その大きく開いた鰓で2人を丸呑みにするつもりなのだ 「!!」 恐怖から動けない2人は互いの身体をギュッと強く抱き締める もうダメだ・・・観念する他なかった だが、呑まれる覚悟をした2人であったが、まだ自分達が呑み込まれていないことに気付く 「・・・・・・?」 何も起きなかったことに気付いたチッサーとマイは瞑っていた目をゆっくりと開いてみる 「・・・うわっ!?」 「・・・きゃっ!?」 突然眼前に広がっていた光景に2人は叫び声をあげ、思わず後退りしてしまう 2人が見たのは、今にも丸呑みにせんと大きく開いた大蛇アヤンキの腮 だが、その腮は開きっ放しで一向に閉じる気配がない それもそのはず、大蛇の腮には立ちはだかる者がいたのだ 「噛み砕けるものなら、噛み砕いてみな!この・・・ダイヤモンドより硬い『如意金箍棒』を!」 そう、大蛇の腮が閉じなかったのは、アヤヤが得物の棍『如意金箍棒』で“つっかい棒”をしていたのだ 身体を震わせ、棍に全神経を集中させ、アヤンキの口を閉じさせようとしない 『シャアアアアッ!!』 口が閉じられないことに苛立ち、アヤンキは舌をちろつかせてアヤヤを執拗に威嚇する しかし、アヤヤはそれには動じない。それどころか、さらに気合いを高めていく 「うおおおおーっ!!」 雄叫びとともにアヤヤの気勢が高まっていくのが離れていても伝わってくる そして、アヤヤの烈帛の闘気が臨界点に達した時、アヤヤの身体が驚くべき変貌を遂げる―