〜王都ハロモニア〜 
昼間は華やかな賑わいを見せる街も、夜の帳が降りるとすっかり静寂に包まれる 
だが、突如としてその静寂を切り裂くようなかの怒号と罵声が街中にこだました 

「待てっ!待ちやがれ、このぉ!」 
「お〜っととっと警察(サツ)だぜ?ずらかるぞ!モタモタすんな!」 
「うるさい!わかってる!」 
暗がりに乗じて逃走を続ける二人組。それを追いかける兵士達 
そのせめぎあいが雲間から射し込む満月の光によって照らし出される 
黒装束に身を包んだ二人組はさながら盗賊、といったところか? 
手慣れたもので、狭い路地を右へ左へスイスイとすり抜けていく 
「チクショー!どこ行きやがった!?」 
鎧兜を着込んだ兵士達はその重装備が徒となり、二人組に追いつくことなく置き去りにされてしまう 
「おいっ!どこだ!?」 
「・・・わかんねぇ!見失っちまった!」 
「クソッ!あの野郎どもめっ!」 
一人の兵士が忌々しげに兜を脱ぐと、腹いせに思い切り地面に叩きつけた 
ガコーン!! ゴンゴン・・・ 
金属音が虚しく辺りにこだまする。それが止んだら再び辺りは静寂に包まれた 
しばらくして、兜を地面に叩きつけた隊長格と思わしき兵士が傍らの兵士に訊ねた 
「もう、今月に入ってこれで何件目だ?」 
「ひぃふぅみぃ・・・5件目です」 
「クソッ!やってくれるぜ『飛翔の旅団』め・・・」 



『飛翔の旅団』―ここ最近、ハロモニア全土を賑わせている新手の怪盗団のことである 
ところ構わず手当たり次第、金目のものは根こそぎいただく―彼らの、その餓えた猛獣の如きやり口は 
今やハロモニア全土に知れ渡り、恐怖の的と化しつつあった 
そして何より厄介なのは、その予測不能、追跡不能の神出鬼没ぶりである 
どんなに厳重な警備を敷いてもそれを嘲笑うかのようにいとも容易く潜入し、 
逃走を追跡されてもさながら煙の如く忽然と姿をくらます― 
その様に警備に当たった者達は皆、頭を抱えるのだ 
もちろん警備兵もバカでも怠慢でもない 
数少ない現場の遺留品から鼻の利く犬を使って彼らの消息を辿る足取り捜査を行ってはいる 
だが、何度やってもある地点まで来ると、その足取りが不意にプツリと途切れるのだ 
そう、まるで神隠しに遭ったかのように・・・ 

追跡に当たった警備兵達がまんまと逃走を許してしまい地団駄を踏んでいる頃、 
例の二人組は既にハロモニア市街地の別の地点に到達していた 
「ふぅ・・・今日も撒いてやったぜ!」 
そう言いつつ、二人組の内の一人が黒装束のマスクを外す 
そのマスクの下からは、鼻筋の通った、端正な顔立ちが現れた 
男の名はユーキ。『飛翔の旅団』のリーダーである 



「おい、ソニン!お宝を寄越せ!」 
ユーキは傍らにいた黒装束に急かすように言いつける 
「・・・」 
黒装束は無言のまま、くたびれた麻袋をユーキの前に差し出す 
ユーキはそれをおもむろに受け取ると、早速お宝を値踏みし始めた 
「えーと、この首飾りはけっこうな値で売れそうだな・・・ 
こっちは・・・チッ!カスだ!それと・・・うーん・・・」 
ユーキが値踏みしている様子を、“ソニン”と呼ばれた黒装束はただじっと見つめていた 
ただ、その目はユーキに対してまるで睨みつけているかのような、険しいものであった 
それを知ってか知らずか、ユーキは手に入れたばかりのお宝を嬉々として値踏みを続けていた 
それからしばらくして、一通り値踏みを終えたユーキはソニンに声をかける 
「おう、今日はこれで終わりだ。さっさと帰るぞ!」 
ソニンはまた黙って頷く。それを見たユーキはソニンに背を向け、スタスタと歩き出した 
それからほんの十数歩、急にユーキは歩みを止めた 
そして耳を澄まし、辺りをキョロキョロと見回して警戒を強める 
ユーキの本能が、何か嫌な気配を察知したようだ 
だが、辺りはシーンと静まりかえり、月も雲に隠れて暗闇が広がっているだけ 
人の気配などない。ないハズだ。しかし見えなくても聞こえなくても本能のシグナルは激しく点滅している― 
そう感じたユーキはいきなり暗闇に向かって吠えた 
「おい!誰だ!?」 



シーン・・・ 
暗闇に向かって吠えたものの、反応はなかった 
気のせいか・・・そう思った矢先のことだった 
ボッ!! 
突然、暗闇の中に真っ赤に燃え盛る火の玉が現れた 
そして次の瞬間、その火の玉が轟音を立ててユーキ達に迫ってきた 
ゴオオオオッ!! 
「うおっ!?」 
「きゃっ!?」 
いきなりのことにユーキ達は避けるのに精一杯であった 
「誰だっ!?」 
地面に身を伏せて火の玉を躱したユーキは腰に帯びたナイフを抜き取ると、火の玉が現れた地点に向けて投げ放つ 
すると、何もないハズの暗闇からカキーン!!という金属音がした 
やはり、誰かいる・・・そう察したユーキは今度は手に魔力を集中させる 
ユーキの魔力はやがて燃え盛る炎になり、漆黒の闇を照らしつけた 
漆黒のヴェールが炎によって取り払われると、そこには完全武装した4人組が仁王立ちしていた 
「誰だ?てめえら!?」 
ユーキが4人組に向かって吠える 
「おいおい?アタシ達を知らないってか?お前とんでもない田舎モンだな」 
4人組の一人がユーキをからかうように返した 
そしてまた一人がユーキに向かって吠えてみせた 
「おうおうおう?遠からん者は音にも聞け!近からん者は目にも見よ! 
我ら、ハロモニアの暮らしを見つめる守り人なり! 
人呼んで、『女流怨鬼念火』・・・ここに見参!」