そして決勝戦の朝を迎えた― ハロモニア城― カツカツカツカツカツカツ・・・ 早朝から場内の通路にけたたましく軍靴の音が鳴り響く 「ハァハァ・・・急がないと・・・!」 「ハァ・・・ハァ・・・ちょ、ちょっとエロちゃん!・・・走るの早いわ」 「ちょっとぉ!何そんなこと言ってるの!? 緊急事態なんだからっ!・・・ホラ!急いでっ!」 「ハァハァ・・・わかってるよっ!」 場内をこだまする軍靴の音の主は、昨晩から地下室の牢獄の当番をしていたエローカとユイヤンの二人であった 二人が慌てて場内を疾走してるのは他でもない、牢獄に収監されていたハズのコンの姿が見当たらないからだ せっかく捕まえた“重要参考人”に脱獄されてしまったことの重大さをわかっている二人は、急ぎ女王の部屋に向かったのだ ほどなくして、二人は女王の部屋に到着した (いい?入るよ?) (うん・・・) 女王の叱責を受けるのを覚悟した二人は、部屋の扉を軽くノックする コンコン・・・ 「はぁーい」 ユーコの返事がした 一呼吸置いて、エローカが要件を切り出す 「女王様っ!エローカとユイヤンですっ!至急お伝えしたいことがございまして馳せ参じましたっ!」 緊張した面持ちで扉の前でユーコの返答を待つ二人 しかし・・・返答はなかった (・・・?) ノックをしたものの、反応がないことに首を傾げ、エローカは再度扉をノックする コンコン・・・ (!?) しかし、それでも返答はなかった・・・ (ちょっと!?) (うん・・・) 不審に思った二人は目で合図をして、無礼を承知でユーコの部屋に突入する決意を固めた ガチャッ!! 「女王様!失礼しますっ!」 しかし、勢いよく開けた扉のその向こうには、ユーコの姿はなかった・・・ 「あれ?」 「どうしたん?」 拍子抜けしているエローカの後ろからユイヤンも背中越しに室内を覗き込む 「おらへんなぁ?」 「おかしい・・・よね?」 空っぽの部屋の様子に二人は互いに顔を見合せながら女王の不在を訝しがる 「あら?」 突然、二人の背後から声がした 「「あっ!」」 振り向いた二人の目の前にはヤススが立っていた 「どうかしたの?」 昨晩、牢獄の当番だった二人が持ち場を離れてることに疑問を感じたヤススが二人に尋ねる 二人は少し見つめ合った後、ヤススに昨晩の出来事を打ち明けた 「あの、実は・・・」 「えーっ!」 エローカ達の事の一部始終に思わずヤススは絶叫してしまった 「すみません・・・」 「どんな処罰でも受ける覚悟です」 己の犯したミスを恥じてか、二人は俯き加減でそう言った 意気消沈している二人にヤススが声をかけようとした時、 「何や?どないしたん?」 と、声がした 「「女王様っ!」」 「・・・という訳なんです」 「気がついたら私達、床に倒れていて・・・」 「・・・」 ユーコは腕組みしながらただじっと、二人から状況をつぶさに聞いていた 目を閉じ、腕組みをしたまま微動だにしない・・・ 誰もが言葉を発しない、重苦しい沈黙の空気が重圧になってエローカ達にのしかかる・・・ と、突然、ユーコが口を開いた 「・・・で、最後に覚えているのは何やったん?」 「ええと・・・」 ユーコの言葉にハッと気付かされた二人は懸命に記憶の糸を辿っていく 「確か・・・外から声が聞こえてきたんだよね?」 「そうそう!それで二人で扉の前まで行って・・・ええっと・・・」 「・・・何かすごい臭い匂いがしたかった?」 「あっ!そうやわ!めっちゃ臭い匂いがしたわ!」 「なるほど、な」 二人の証言を黙って聞いていたユーコが口を開いた 「あの・・・」 「それで・・・」 恐る恐る尋ねるエローカ達にユーコ言った 「・・・“裏切り者”の仕業やな」 「「えっ!?」」 エローカ達は思わず叫び声をあげてしまう それを見たユーコは咄嗟に二人の口元に手をやり (しーっ!) と言って口を塞ぐ 瞬時に大声をあげたことをマズいと察知した二人は、ユーコの顔を見ながらコクコクと頷いて了承の合図を送る するとユーコも二人の口元からゆっくりと手を離した そして、二人が平静を取り戻したのを確認してユーコは二人にこう告げた 「・・・ここだけの話にしといてくれ みんなを動揺させたくないんよ」 寂し気な表情を浮かべるユーコ それを見てエローカ達もユーコの心中を察してか 「わかりました」 「黙っておきます」 としっかり答えた 「ありがとう」 ユーコはそう呟いた しかし、その表情は依然としてすぐれない 「ユーちゃん・・・どうかしたの?」 すぐれない表情のユーコを心配してヤススが声をかける 「えっ!?」 ヤススから声をかけられた瞬間、ユーコは迂闊にもしまった・・・という表情を浮かべてしまう 「ああ・・・」 ユーコは力なく返事をした それが普段のユーコを知る者が初めて聞いた、弱々しい返事だった ユーコの“異変”に気付いたヤススが血相を変えて 「ユーちゃん!?どうしたの!?」 と、問い質す エローカ達も、見慣れぬ二人の立ち振舞いに困惑する ヤススはユーコをじっと無言のまま見つめている それに対し、ユーコはヤススに何か言おうと躊躇っている様子だった 二人が見つめ合う沈黙がしばらく続いた後、ようやく覚悟を決めたユーコが重い口を開いて三人に語り出した 「実はな、ヤグが・・・もうダメかも知れんのや・・・」 「「!!」」 ユーコの一言に三人は絶句した 言葉を失い、茫然自失としている三人に、ユーコはなおも言葉を続けた 「今朝早く、メーグルが駆け込んで来たんや あの子が言うには、ヤグの身体は・・・ヤグの身体は“アイツ”に支配されかかってる、って」 身体を震わせながら、衝撃の事実を告げるユーコ 三人には、ユーコの深い怒りと悲しいが痛いほど伝わってきた だから、ユーコに慰めの言葉をかけるのが躊躇われた そして、再び沈黙が訪れた・・・ ユーコの深い悲しみが室内を支配していく・・・ 静かすぎる静寂が、息苦しさとなってユーコ達を包み込む・・・ そんな耐え難い苦痛がまるで永遠に続くように感じられた・・・ と、その時! コンコン・・・ ガチャリ!! 「ユーちゃんおはよー!」 「・・・ナッチ?ゴッちん?」 不意にユーコの部屋を訪れたアベナッチとゴトー 「ど、どうしたの?こんな早くに・・・」 「『どうしたの?』って・・・ 今日はあの子達の決勝戦の日っしょ?」 「だったらアタシ達があの子達をフォローしないとね!」 呆気にとられていたヤススに、二人はさも当然のように答えた しかしながら、その当然の答えがユーコの悲しみと迷いを断ち切った 「そやったな・・・あの子らが頑張ってんのに・・・ ウチが落ち込んでるヒマなんてないわな!」 まるで挫けそうだった自分自身に言い聞かせるように、ユーコは呟いた そして、その両眼からはもはや憂いや迷いが消え、強い意志の炎が宿っていた そしてヤスス達に言い放つ 「そや!今日は決勝戦やったな! そして、今日が“忌まわしい過去の亡霊”との決着をつける日や!」 ユーコは元気づけられた二人に視線を向け、こう告げた 「・・・ちゅうことやから、二人もコキ使ったるから覚悟しいや!」 ユーコの言葉に苦笑いしつつ、二人は黙って頷いた 一方、決勝戦の朝を迎えたりしゃこ達は・・・ 「ん・・・」 朝の日差しが窓のカーテンの隙間から差し込み、二人の顔を照らす そのまぶしさにすっかり熟睡していた二人も自然と目を覚ます 「おはよう、りしゃこ・・・」 うっすらと目を開けたばかりのりしゃこの顔をミヤビが優しく撫で上げる 「ん・・・おはよ・・・」 大事な決勝戦を前に、何のトラブルもなく無事朝を迎えたことを神様に感謝しながら横たえた身体を起こす 「ホラ!着替えるよ!」 「あ・・・待って!」 ドタバタすること数分間・・・着替えた二人はおそらくみんなが集まってるであろう食堂へと向かう 「ねえ、りしゃこ?」 「なんだもん?」 「昨日・・・ぐっすり眠れた?」 「うん!ねぇ・・・ミヤは?」 「うん!アタシも!」 他愛のないことをしゃべりながら廊下を歩いていく二人 しかし、不意に会話が途切れた 「・・・・・・」 「?・・・りしゃこ?」 「えっ・・・!?あ、なんでもないもん・・・」 「大丈夫?」 「・・・うん、大丈夫」 ミヤビの目には、さっきまでの楽しそうなりしゃこの笑顔がふと陰って見えた ミヤビには、それがとても気にかかった りしゃこ達が決勝戦に備えている頃― ミキ帝達も同じ朝を迎えていた 爽々しい朝日が石造りのミキ帝達のアジトを照らし、窓から明るい日差しが差し込む 「ん・・・」 朝日のまぶしさに、熟睡していたミキ帝もようやく目を覚ました 「ん・・・ん〜〜〜っ!」 起き抜けで、まだぼんやりとした頭、すっきりしない身体をシャキッとさせるため、大きく伸びをする 「そっか・・・もう、今日なんだな・・・」 少し思考回路が働き始めて、今日が決勝戦の日だということをミキ帝は改めて噛みしめる (・・・・・・) ミキ帝は、この『ろくでもない世界』を崩壊させる、『今日』という日を心待ちにしてきたハズだった しかし、いざ、その『今日』という日を迎えると、何故か躊躇っている自分がいることに気がつく (なんでだろ・・・?) ひとつ軽いため息をついて、一度起こした上体をまたベッドにポーンと投げ出し、部屋の天井の虚空を見つめながら、しばし物思いに耽る (もう、こんな世界に未練なんてないハズなのに・・・) 静かに自分自身の心に問いかけてみた しかし、考えても考えても答えが出てこない もどかしさばかりが胸の奥底に澱になって沈殿していく そして、答えの出ない自問自答にうんざりしたのか、やがてミキ帝は深いため息をつき、考えるのをやめてしまった ちょうどミキ帝が考えるのをやめた時だった コンコン・・・ 誰かがミキ帝の部屋の扉をノックする 「はぁーい・・・開いてるよー・・・」 面倒くさそうにミキ帝は返事をした どうせこのミキ帝達のアジトにはもうアヤヤとコンしかいないのだ どうぞ入って下さい、といわんばかりに返事をしたのはそういう訳なのだ ミキ帝の返事を受けて、扉がすーっと開く 部屋の中に入ってきたのはコンだった 「あれ?コンちゃんか・・・」 物珍しそうにミキ帝が呟いた てっきり相棒のアヤヤが呼びにきたのかと思っていただけに、コンだったのは少し予想外だった 「どう?気分は落ち着いた?」 前日、コンが場内で『暁の乙女』のメンバーに捕まってしまったを気づかい、ミキ帝がさりげなく尋ねてみた だが、コンから返事がなかった 「そっか・・・まだ落ち着かな・・・い!?」 コンの顔を覗き込んだミキ帝だったが、コンの顔を見た瞬間、心臓が鷲掴みにされたかのようなショックを受けた 「コ・・・コンちゃん!?」 思わずミキ帝が言った そう言ってしまうくらい、コンの顔には生気がなく、亡霊のように見えたのだ 不気味なコンの様相に、強心臓のミキ帝がたじろいでしまう ショックのあまり、言葉を発することすら出来ないミキ帝に、コンがゆらりと近づいていく・・・ 「ひっ!・・・やだっ!来ないでっ!」 ミキ帝は声にならない声で悲鳴をあげた それでもコンはお構い無しに、ゆらり、ゆらりと一歩ずつミキ帝に近づいていく・・・ 「や、やめ・・・っ!」 ミキ帝が言葉を言い終える前に、コンはミキ帝の口を手で塞ぎ、もう片方の手をミキ帝の額に当てる 「ん〜っ!んん〜っ!」 必死に懇願の悲鳴をあげるミキ帝だったが、声はコンの耳には届かない 程なくして、ミキ帝の額に当てていたコンの手がまばゆい閃光を放った! そして、閃光が消えた後・・・ ミキ帝は力なく崩れ落ち、その身を音を立てて床の上に横たえた ミキ帝が崩れ落ちる様に満足したのか、コンは 『クックックッ・・・フハハ・・・ハーハッハッハッ!』 と愉悦の笑い声をあげた そして、その笑い声を合図に、背後の扉からゆらりとアヤヤも姿を現わす 『アヤヤか・・・見てみろ・・・こ奴も我が手中に堕ちたぞ・・・』 コンが似つかわしくない不敵な笑みを浮かべると、アヤヤも同様に笑みを浮かべた そして舞台は再びハロモニア城へ― 場内の一室にて、女王・ユーコが部下を集め、点呼を取っていた 「みんなおるかーっ!」 「『暁の乙女』!総員九名、異常なしっ!」 「『輝く女神』!総員八名、異常なしっ!」 「旧『暁の乙女』!アベナッチ!ゴトー!異常なしっ!」 「全員おるな!」 「「「ハイッ!」」」 全員が集合していることを確認すると、ユーコが切り出した 「みんな、ご苦労さん! これまで、大会の運営によく頑張ってくれた! いろいろあったけど、もうあと少しでこの大会も終わる みんな、ありがとうな!」 ユーコの労いの言葉に、皆が黙って頷く そして改めてユーコは、皆に語りかける 「ただ、ウチらはまだまだやらなあかんことが残っている それを今から、再度肝に銘じてもらいたいんや」 また皆が黙って頷く 一呼吸置いて、ユーコが重々しい口調で語り出した 「まず、その前に、みんなに報告せなあかんことがある」 ユーコの口調が一転したことで、皆が息を呑む 「実は、今日の深夜・・・地下牢にいたコンちゃんが脱獄した・・・」 「「「!!」」」 その場にいた全員が一瞬にして沈黙し、室内に緊張が走った 「脱獄・・・だって!?」 ユーコの口から出たまさかの言葉に、誰もが動揺し、室内に不安が広がっていく しかし、ユーコの“喝”がそんな雰囲気を吹き飛ばした 「こらっ!まだ話は終わってないで!」 一喝で室内が静まると、またユーコが話し始めた 「ええか?確かにコンちゃんは脱獄した ただ、大事なんは素早く対処することやろ?」 ユーコが皆に同意を求めると、皆、黙って頷いた 「まあ・・・ここにきてこんなことになってしもたんは予定外やったけど、ウチは最後に勝つのはウチらやと思てる」 そう言い終えると、ユーコは黙って皆の顔をひとりひとりじっと見つめた 肚を括ったであろう者もいれば、まだ、緊張醒めやらない者もいた しかし、一様に目には強い意思が宿っていた そのことを確認したユーコは満足気に頷き、また話し始める 「そこで、や・・・今からみんなの“持ち場”を発表するで!」 再び室内に緊張が走る しかし、先程のそれとは違い、心地よい緊張感である そして、おもむろにユーコが告げる 「まず、役割は、この場内の警備の係、そして、コンちゃんを追跡する係の二手に分かれてもらう その役目は・・・」 「コンちゃんの追跡は・・・そうやな・・・」 ユーコの発言に注目が集まる 「新人の七人!しっかり頼むで!」 「「ハ、ハイ〜!?」」 ユーコの思わぬ指名に、レイニャ以下七人は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった 「おい・・・大丈夫か!?」 迂闊な声をあげた七人に、指名したユーコが心配そうな表情を浮かべる それを見て取ったレイニャが慌てて 「あ・・・だ、だ、大丈夫ですっ!ハイッ!」 と返事をした しかし、レイニャの上ずった声が、却って周囲の不安を招いてしまう そんな周囲の不安を取り払ったのは・・・ 「ほらっ!アンタらしっかりしぃ!」 七人の背後に、いつの間にか教官役のアツコが立っていた 「もっと自信持って言わんと!ウチがみっちり鍛えた弟子なんやから!」 そう言って七人の背中をバシバシと叩いて回る 「ちょ、ちょっとぉ〜!やめてくださいっ!」 「姐さん、マジ痛いですって!」 「ほらほら〜っ!アンタらもっと元気出しぃ!」 七人が悲鳴をあげてもアツコがお構い無しに叩いていく その内、七人の表情もどことなく緊張がほぐれてきたように見えてきた 「ん・・・大丈夫そうやな!」 七人とアツコのやりとりを見て、ユーコもホッと胸を撫で下ろした 「じゃあ、この役目、引き受けてくれるな?」 「「ハイッ!」」 アツコの激励に勇気づけられた七人はユーコの依頼を快諾した その様子にユーコは目を細めながらも、引き続きメンバーの役割を発表をしていく 「次は・・・会場の警備やけど・・・」 再び室内の緊張が高まる 「警備の方は『女流怨鬼念火』のみんなにやってもらうわ」 「えっ?ウチら!?」 思わぬ指名に、やはり『女流怨鬼念火』のリーダー・サイトー=サンが素っ頓狂な声をあげた 「いや・・・自分らやないとつとまらんし・・・ いざというときに頼りになるのは自分らやし・・・」 決勝戦の舞台に立ち合える光栄に『女流怨』のメンバーも色めき立つ 「じゃあ、引き受けてくれるか?」 「「ハイッ!喜んでっ!」」 その後も役割が伝えられていく 「あと・・・“あの子達”の引率は・・・ナッチとゴッちんに頼むことにするわ」 「うん、いいよ」 「わかったべさ!」 「連絡伝達役はサトやんとアヤカ・・・頼むで!」 「ハイッ!」 「わかりました!」 「じゃあ、名前を呼ばれたメンバーは持ち場へと移動してや!」 「「「ハイッ!」」」 名前を呼ばれたメンバーは、次々と持ち場へと移動していく・・・ そんな中、名前を呼ばれていないメンバーが室内に残った