(・・・動く!)
身体が動くのを確認したりしゃこは、一歩、また一歩、とミキ帝に向かって歩を進め始めた
そして、動けるりしゃことは対照的に、ミキ帝はまだ立ち上がることすら出来ない状態であった
優劣が一瞬にして逆転した劇的な展開に、重苦しかった闘技場内から声援が起こり出した
その場内の声援に後押しされる格好で、ようやくりしゃこはミキ帝の傍へとたどり着いた
這いつくばるミキ帝を無言で見つめるりしゃこ
この状況であれば、後はミキ帝に魔法をぶっ放してトドメを刺すだけでよかった
ゆっくりと、ミキ帝に向けて手をかざすりしゃこ
向けた手には、魔力という弾丸が込められている
引き金を弾けば、それで終わりになる・・・ハズだった!
だがりしゃこは・・・睨みつけるミキ帝の瞳を見つめた瞬間、突然かざしていた手を下ろした
りしゃこの土壇場での不可解な行動に、闘技場はにわかに騒然とし始めた
「りしゃこっ!?どうしたの急に!?」
りしゃこの突然の異変に、よれよれのミヤビも慌ててりしゃこの元へと駆け寄った
「ねぇ!?どうしたの!?何があったの!?」
必死になってミヤビがりしゃこに問い詰める

問い詰めたミヤビに対するりしゃこの返事に、ミヤビは己の耳を疑った
「ダメ・・・できない・・・」
思い詰めた表情で、りしゃこは確かに、そう呟いた
最後の大詰めで飛び出したらしからぬ言葉に、ミヤビは混乱しそうになる
しかし、徐々に強まる場内のどよめきにミヤビはなんとか平常心を保ち、再びりしゃこに問いかけた
「ねぇ・・・どうしてダメなの?」
ミヤビの優しい口調の問いかけに、りしゃこは俯きながら答えた
「あの人・・・とても悲しい目をしてる・・・」
りしゃこに言われ、ミヤビもミキ帝を見つめる
フラフラになりながらも尚、まだ戦おうとする意思を持つ目・・・
ミヤビの目には、ミキ帝の眼差しからは憎悪しか感じられなかった
しかし、ミヤビはりしゃこが他の誰よりも物事を強く感じる、感受性の強さがあるのを知っていた
恐らく、りしゃこはミキ帝の憎悪の眼差しの向こうに、深い悲しみを感じたのだろうか・・・?

だが、今は試合中・・・それもハロモニア世界の存亡に関わるかも知れない大事な局面、
心を鬼にしてでも、目の前のミキ帝を倒さないことには世界を護ることは到底不可能だ・・・
りしゃこの悲しみを感じながらも、ミヤビは決心した

「アタシがやるわ!」
ミヤビはミキ帝を前にして躊躇っているりしゃこを押し退け、自らがミキ帝にトドメを刺すべく前に進み出た
「ミヤ・・・」
ミヤビの強行に、りしゃこは悲しそうに呟き、ミヤビのローブの裾を握りしめ、止めようとする
が、ミヤビはりしゃこの方を振り向くことなく、こう告げた
「わかってるよ・・・でも、もうこの戦いは、アタシ達だけの戦いじゃないのよ!」
「!!」
ミヤビの言葉が、感傷的になっていたりしゃこの心に鋭く突き刺さった

もし、ここで、二人が敗北したら・・・?
恐らくマヤザックはりしゃこの身体を奪い取り、本格的な“復活”を遂げるであろう
そして、りしゃこの持つ“魔力”を駆使してハロモニア世界の支配を始めるであろう
それだけは、させてはならない・・・負けられない・・・絶対に負けられない!

ミヤビの“覚悟”を感じ取ったりしゃこは、掴んでいたローブの裾をゆっくりと離した
「わかってくれたのね・・・ありがとう」
りしゃこの掴む手が離れたのを感じたミヤビは、ポツリと呟いた
そして遂に、臥して動けないミキ帝に向かって、最後の呪文を詠唱しようとした
だが、その時、“事件”が起きた!

「おい、ねーちゃん!早くそいつを殺っちまえっ!」
突然、観客席から野次が聞こえてきた
「!?」
不意に聞こえてきた野次に驚いたミヤビはつい、呪文の詠唱を止めてしまった
水を差された格好のミヤビはムッとして声のした方を向いた
すると、一人の中年男性が目に飛び込んできた
恐怖で平常心を失っているのか、ぶるぶると震えながら立ち上がっている
そして中年男性は、さらに声を荒らげてミヤビに野次を飛ばす
「早くそのバケモノを殺っちまえよっ!」

「!!」
中年男性の、その心ない野次を聞いたミヤビは愕然となった・・・
半獣人と化したミキ帝を口汚く罵った挙げ句、『殺せ!』と言ったのである
今でこそミヤビ達と敵対しているミキ帝ではあるが、かつてはハロモニアの守護神『暁の乙女』の一員、それも隊長だった人物である
ハロモニアの人々の平穏無事を護るため、尽くしてきたであろうことは想像に難くない
言うなれば、『恩人』なのである
それなのに、その『恩人』を『殺せ!』叫ぶことの出来る無神経さ、心なさ・・・
ミヤビの心はやるせない気持ちと、口汚く罵った中年男性への激しい憤りの感情で一杯になった

だが、悲劇はそれだけではなかった・・・

「そうだ!そいつを殺っちまえーっ!」
「そうだ!そうだ!」
「殺せ!殺せ!」
心ない中年男性の一言が火種となって、会場全体に『ミキ帝憎し』の感情が一気に爆発してしまったのだ!

「殺せ!殺せ!」
「殺せ!殺せ!」
会場内は「殺せ!」コールの大合唱・・・あまりにも身勝手すぎる観客の姿に、ミヤビもりしゃこも今まで以上に愕然となってしまった
会場内の大合唱がピークに達しようかという、まさにその時だ
会場内に再びマヤザックの笑い声が高らかに鳴り響いた
『ハーハッハッハッハッ!!・・・愉快だ!実に愉快だ!
お前達人間の、なんと醜いことか!
自分さえよければ、他人の生命なぞどうでもいい・・・その醜さよ!』
マヤザックに心中を暴かれた観客は、一瞬にして凍りついてしまい、途端に先程までの喧しいくらいの「殺せ!」コールの大合唱もピタリと止んだ
茫然自失となっている観客を見回し、マヤザックはミキ帝に語りかけた
『ミキ帝よ・・・これが人間という生き物なんだよ
己の保身のためには、他人のことなぞどうでもいい・・・そんな醜い生き物なんだよ』

観客の“蛮行”を嘲笑うマヤザック
まるでこうなることを既に予期してたかのようであった
そして薄ら笑いを浮かべながら、ピクリとも動かないミキ帝に尚も語りかけた
『さぁ・・・思い出すがよい・・・お前が幼い頃、人間達がお前達親子に行ってきたあの仕打ちを!』
「!!!」

すると、今までピクリとも動かなかったミキ帝が動き出した
全身を小刻みに痙攣させながらも地面に爪を突き立て、必死にもがき始める

「・・・・・・ウソッ!?」
「そんな・・・」
深手を負いながらも息を吹き返し出すミキ帝の凄まじい生命力と闘争本能に、りしゃこ達は戦慄を感じた
自分達の身体が、恐怖によって徐々に強ばっていくのを実感した
(ヤダ!・・・動け!動け!)
(何で・・・何でこんな時に!?)
ミキ帝とは対照的に、急にもがき始めたりしゃこ達
そして、ミキ帝とりしゃこ達の視線が合った瞬間!

『ウオオオォォォォーーッ!!』
咆哮とともに、地面に臥していたミキ帝が、まるで黒い矢の如くりしゃこ達に向かって襲いかかった!
「「!!!」」
身動きひとつ満足に取れないりしゃこ達!情け容赦なくミキ帝の鋭い爪が二人を切り裂かんとする!
そして―

バシュッ!!

鋭利な刃物と化したミキ帝の爪が、ひとりの少女を貫いた!
その瞬間・・・闘技場が無音になった―
ひとりの少女が目の前で差し貫かれるという惨劇に、観客の誰もが呼吸を止めてしまったのだ
微かな物音ひとつすらない全くの無音状態―
観客はまるで時間が止まってしまったかのような錯覚に陥ってしまった・・・
だが、その仮の止まった時間も、ひとりの少女が崩れ落ちる音ともに動き出し、観客は現実に引き戻されてしまう―

ドサッ・・・
横たわる少女
そしてその少女からは、真っ赤な鮮血が流れ出した
目を覆わんばかりの惨劇に、我にかえったもうひとりの少女が絶叫した
「ミヤーーーッ!!!」

少女の悲痛な叫び声が、静寂に包まれた闘技場を深い悲しみで覆い尽くしてしまう
「ミヤーーーッ!!!」
未だ静寂が支配する闘技場内から聞こえてくるのは少女―りしゃこの嗚咽ばかり・・・
その『魂の慟哭』は、闘技場内の観客全ての心を深く抉り、激しく揺さ振った
そして、それは観客だけでなく、“観ていた者全て”の心を揺さ振ったのだ・・・

『ウオオオォォォーッ!!』

りしゃこの嗚咽だけが聞こえる中、突然、咆哮が闘技場に響き渡った
観客の誰もが声の主であろうミキ帝の姿を目で追った
みると、頭を抱え、苦悶するミキ帝の姿があった
何故、突然ミキ帝が苦しみ出したのか?
それは、ミキ帝の失われた『悲しい記憶』―
りしゃこの『魂の慟哭』がミキ帝の心を揺さ振り、心の奥底へと仕舞い込んでいたハズの『悲しい記憶』を呼び起こしてしまったのだ・・・

―それはミキ帝が幼い頃の記憶―
今から数百年前に起きたハロモニア危機以降、半獣人達は人間との関わりを避けて、人里離れた地域へと移り住んでいった
それはミキ帝達「狼族」も例外ではなく、特に「狼族」は過酷な環境下の「北の大地」を終の棲み家に選んだ
「狼族」の、強大すぎる力を誰にも悪用させないためには人目につかない所に棲む他なかったのだ
やがて長い年月を経て、人間の記憶から半獣人はすっかり消え去っていた
しかし、今から数年前、突然『運命の歯車』が狂ってしまった・・・


数年前のある時―
人里離れた極寒の地に棲む「狼族」の隠れ里のすぐ近くに、一人の男が迷い込んだ
男は凍える寒さを前に、今にも生命の灯火が消えそうであった
しかし、偶然隠れ里から出てきた一人の少女が男を発見し、里へと連れ帰ったのだ
少女の献身的な看病の甲斐あって男は一命を取り留め、しばらく里で養生することとなった

男は考古学者であった
人間との関係を断絶した「半獣人」の行方を追って、何の手掛かりもなしに辺境の地を転々と彷徨っていたのである
「自分達の存在を知られてしまった」―「狼族」の村人の大半は、初めはこの男を始末しようと考えていた
しかし、男の誠実な人柄や、男が「狼族」の知り得ない外界の様々な情報を提供したことで、男は隠れ里でのしばしの滞在を許されたのであった
時間が経つにつれ、男と「狼族」の関係は、より友好的なものへと変化していった
男は素晴らしい能力を持ち、傲ることのない「狼族」を敬い、また「狼族」は真摯な男に対して心を開いていった
時間の針が、人間と「半獣人」が手と手を取り合っていた遠い昔に逆戻りしていったかのようであった―


永遠に続くかと思われた蜜月の日々―だが、永遠ではなかった・・・

男が里に居着いてから約一年が過ぎたある日の深夜、突然、隠れ里をならず者達が襲撃したのだ!
ならず者達はまず隠れ里のあちこちに火矢を放ち、隠れ里を炎上させた
思いがけないまさかの強襲に、里人は着のみ着のまま逃げ惑う他なかった
その家屋から次々と出てくる無防備な里人を、ならず者達は無惨にも狩っていく・・・
そして、ならず者達の残虐な暴力は幼いミキ帝にも襲いかかった
母親と連れ立って隠れ里を逃げ回るミキ帝・・・だが、いかんせん幼子の脚力では大人の男から逃げ回るのには無理があった
やがてミキ帝達親子は里の外れでならず者達に四方を囲まれ追い詰められてしまう・・・


その、過去の“忌まわしき記憶”が今、闘技場に居るミキ帝の中でフラッシュバックしているのだ

『ウオオオォォォーーッ!!』
もがき苦しみ続けるミキ帝に、観客も、そしてりしゃこもただただ傍観するしかなかった・・・
そして、ミキ帝が今までにない咆哮をあげ、一段と苦しみ出した!


断末魔にも似た咆哮をあげたミキ帝の脳中を駆け巡っているのは、最も忌まわしき“封印された記憶”―

ならず者達から逃げ回るも、とうとう逃げ場を失い、四方を囲まれてしまったミキ帝達親子
家屋に激しく燃え盛る炎と月明かりが母子の顔を照らし、無情にもその怯え切った表情を月下に晒け出した
非力な二人の怯え切った姿に男達は愉悦の表情を浮かべながら一歩、また一歩と二人に近づいていく
やがて、男達の歩みが止まる
途端、幼いミキ帝の視界が急に真っ暗になった

いつもならミキ帝の“無意識の中の追憶”はここで途切れる
しかし、この日は違った
ミキ帝の“途絶えた記憶”が鮮明に蘇ってきたのだ

幼いミキ帝の視界を遮ったものの正体・・・それは、鮮血を流しながら崩れ落ちる母親の姿・・・
そう、母親は身を挺して我が子をならず者達の凶刃から守ったのだ
だが、その代償として自らがその身を凶刃に差し貫かれてしまった・・・
地面に崩れ落ちた母親
しかし、母親は幼き我が子を男達から守らんと地面を這い、幼き我が子をひしと抱き締めたのだ
それが幼いミキ帝が覚えている母親の、最後の温もり・・・そして、最後の記憶・・・

“最後の記憶”が蘇った後、ミキ帝の絶叫と苦悶が止んだ
そして、両手と両膝をついたまま動かなくなった
すると、今まで「狼化」していたミキ帝の姿が、みるみるうちに人間へと戻り始めていくではないか!?

この現象は一体・・・?
観客はミキ帝が「人間化」していくその様子を、声を発することなく、ただただ息を呑んで見守るしかなかった

やがて、完全に元の人間の姿に戻ったミキ帝・・・
果たして、ミキ帝は心まで人間に戻ったのか?
その答えを観客は静かに待った

それから僅か数秒後―
膝をついたミキ帝がその身を震わせ始める
まさか!?
「狼化」の時にも見せた現象に、観客は恐怖に身動きひとつ取れないでいた
もう、ダメか・・・誰もがそう思った時だった

「うぅ・・・・・・」
静寂の中ですすり泣きだけが聞こえた
声の主は、ミキ帝だった
「うぅ・・・うう・・・うわぁぁぁぁーっ!!」
人目を憚ることなく、まるで赤ん坊のように泣きじゃくるミキ帝
誰も見たことのないミキ帝のその姿に、見ている者は強い衝撃を受け、呆然となった

だが、観客がミキ帝の慟哭に呆然としている中、一人だけ自意識を保っている者がいた

『フン・・・“精神支配”は失敗だったか・・・まあいい』
そう、ミキ帝を意のままに操っていたマヤザックである
『しかし・・・“出来損ない”は始末せねばな!』
そう呟くと、マヤザックは静かに手のひらをミキ帝に向けた
その手のひらには既に禍々しい瘴気が・・・

「危ないっ!」
観客の視線がミキ帝に集中する中、マヤザックの異変に気付いたのは、他ならぬりしゃこであった
すると、りしゃこの声に気付いた観客はミキ帝からりしゃこへと視線を走らせ、さらにりしゃこの視線の先のマヤザックへと走らせた
その結果、マヤザックの狙撃態勢に観客から
「ひいぃっ!」
と、悲鳴が洩れ出した
その悲鳴は当然、ミキ帝の耳にも入る
“異常”を察知したミキ帝は泣くのを止め、顔を上げ、周囲を見渡した
そして、ミキ帝に手のひらを向けているマヤザックの姿に驚いたのであった
そんなミキ帝に、マヤザックは愉悦の笑みを浮かべて語り出した
『おや?ようやくお目覚めかいミキ帝?』

「アヤちゃん・・・!?」
マヤザックの“呪縛”から解放されたばかりのミキ帝は、なぜ、相方のアヤヤが自分に矛先を向けているのか理解出来ないでいた
するとそこへ、
「ミキ帝!そいつはアヤヤやない!ニセモンや!」
と怒声が飛んだ

「!!!」
聞き覚えのある怒声に、ミキ帝のみならず、観客も、りしゃこも、そしてマヤザックすらも声のした方を振り向いた
もちろん、声の主は女王・ユーコであった
だが、ユーコの様子がおかしい・・・

「マヤザック!ミキ帝に手ぇ出すな!」
怒声こそいつものユーコではあったが、弱々しいのが傍目でわかるのだ
『ほう・・・女王様直々のお出ましか・・・光栄なことだ』
弱々しいユーコの姿を見て、マヤザックは挑発するように語りかける
しかしユーコは挑発を無視して腰に帯びた神刀・『黄泉路』をスラリと抜き放ったのだ
「もうこれ以上、アンタの好きにはさせん!
その魂・・・地獄の底へ叩き落としたる!」
言うが早いかユーコはかなり遠間であったマヤザックとの間合いを瞬時に駆け抜け、懐に飛び込んだ!
「マヤザック!その生命(たま)・・・もろたで!!」

遠い間合いを神速の勢いで駆け抜け、ユーコはマヤザックの元へと辿り着いた!
『なっ・・・!』
あまりのスピードにあのマヤザックも驚いてしまう
そしてユーコの愛刀『黄泉路』が鞘走り、電光石火の一撃を放った!

カシィィィィン!!
無音の闘技場に、鈍い金属音が鳴り響いた
ユーコの愛刀はマヤザックの身体を真っ二つにすることなく、その刃を留めていた・・・
そう、ユーコはマヤザックを仕留め損なったのである
『クックックッ・・・急に迫ってきた時はさすがのワタシも驚いたよ
しかし!いささか衰えたようだねユーコよ・・・』
「このっ!気やすくウチの名前を呼ぶんやないっ!」
『おや?つれないねぇ・・・お前がワタシを“次元の狭間”から救ってくれたと言うのに・・・』
「!!」

マヤザックの一言に、闘技場内に戦慄が走った
まさか、マヤザックの復活に女王・ユーコが関わっていたなんて・・・
その言葉を聞いた観客達の顔がみるみるうちに青ざめていくのがはっきりと見てとれたのだ
「み、みんな!違う!ちが・・・むぐっ!?」
動揺する観客達を説得しようとしたユーコであったが、一瞬の隙を突かれてマヤザックに口を塞がれてしまった

なんとかマヤザックから逃れようと必死にもがくユーコ・・・
だが、強靭な肉体を持つアヤヤに乗り移ったマヤザックには適わなかった
そんな光景に観客達はますます狼狽え、すっかり怯えてしまう
そしてマヤザックはそんな観客達の僅かな希望すら根絶やしにするかのような“蛮行”を行ったのだ!

『さて・・・そろそろこんな茶番は終わりにしようか・・・
そうだ・・・せっかくだからお前の身体もいただくとするか!!』
そう言うなりマヤザックはユーコの額をむんずと鷲掴みにした
目の前で繰り広げられる惨劇・・・しかし、観客達は恐怖で身動きすらままならないでいた
そして遂に・・・

バシュッ!!
まばゆい閃光の後、マヤザックの手がユーコの額からゆっくりと離れ、ユーコは力なく膝から崩れ落ちた
その直後、闘技場は無音となり、やがて、すすり泣きだけが聞こえ出した
ハロモニアの象徴である女王・ユーコの敗北・・・それは即ち、ハロモニアの敗北・・・
絶対に見たくはなかった“悪夢”を、観客達は今、まさに突き付けられているのだ

“悪夢”はまだ終わらなかった

『クックックッ・・・』
不意に、マヤザックの下卑た笑い声が聞こえてきた
しかし、先程までとは若干声のトーンが違っているではないか
まさか!?
・・・そのまさか、であった
声を発していたのはユーコ、いや、ユーコに乗り移ったマヤザックであった
いつの間にか起き上がっていたマヤザックは新しい身体を試運転するかのように小刻みに動かし始め、ひとりごちた
『フム・・・この身体も悪くはないな・・・』
何気ないマヤザックの一言・・・
だが、観客達にとっては女王・ユーコがマヤザックに身も心も支配されてしまったという証明に他ならないのだ
その悲しくも、残酷な事実が観客達を“絶望”へと叩き落としたのであった

その後、闘技場・・・
その中でマヤザックだけがひとり我が物顔で佇んでいた
『さて・・・そろそろ全てを終わりにしようか』
全ての敵を排除した・・・そう確信したマヤザックは再びりしゃこに向き直った
その射抜くような視線がりしゃこの身体を貫き、金縛りにした
『よし、いい子だ・・・おとなしくしてなさい・・・』
身動き一つ出来ないでいるりしゃこに向かって、マヤザックはゆっくりと歩を進めようとした

だが・・・

『・・・何をする』
マヤザックが歩みを止め、後ろを振り向いた
その視線の先には・・・ヤススがいた!
「もうこれ以上・・・あなたの好きにはさせない!」
『ほう・・・だからワタシを“封魔の鎖”で捕縛した、ということか』
マヤザックの言葉を受けて、観客達はマヤザックの全身を凝視した
すると、なにやら光る鎖がマヤザックの全身をがんじがらめにしているのがうっすらとながら見えた
「アタシの全身全霊の力を以て、あなたを拘束するわ!」
いつもは柔和なヤススの表情が“鬼”と化していた
今まで誰にも見せたことのないヤススの内に秘めたる激情・・・それだけヤススの怒りは本物だった
『フン!人間風情にしてはなかなかやるな・・・確かにこの鎖・・・そう易々と断ち切れそうにないわ』
珍しく相手を讃えるマヤザック
その言葉にヤススも内心安堵する
しかし・・・
『だがヤススとか言ったな・・・
お前は大きな、致命的なミスを犯してしまった』
そうマヤザックは平然と言ってのけた
「なんですってっ!?」
安堵していたヤススの表情が一変して再び険しくなった
「一体・・・どういうことなの!?」

『つまり・・・こういうことだよ!』
マヤザックが指をパチン!と鳴らす
すると、その合図から僅か2〜3秒後・・・ヤススの喉元には鉄の棒が食い込んでいた
「!!」
『残念だったな・・・ワタシには自由に動かせる“手足”があるんだよ』
澄ました顔でマヤザックは言ってのけた
そう、今ヤススの背後にいるのは先程までマヤザックが“依代”としていたアヤヤであった
マヤザックを封じたつもりであったヤススの誤算・・・それはマヤザックは“一人”ではなかったこと・・・

己の判断の甘さに唇をぎゅっと噛むヤスス
そんなヤススの様子に満足気なマヤザックであったが、さらに追い討ちをかける仕打ちを用意していた
『いいねえ!その表情!
さぁ、もっと!もっと絶望してくれないかっ!!』
再びマヤザックは指をパチン!と鳴らす
すると突然、マヤザックの背後に五人の人影が現れた
その人影を見た瞬間、ヤススは脱力感に襲われ、地面に膝をついた・・・
ヤススが放心状態になるのも無理もなかった
何故なら、その五人の人影こそ、ヤススの“戦友”だったからだ

「そ・・・そんな・・・」
ヤススは天を仰いだ
そして、力なくかつての“戦友”の名を呟いた
「ヨッちゃん・・・リカちゃん・・・
アイちゃん・・・コンちゃん・・・
・・・・・・ヤグ」
絶対に受け入れられない、受け入れたくない現実・・・だが、紛れもない現実・・・
「夢なら醒めて」・・・誰もがそう思ったことだろう
しかし、それは叶わなかった
人々は“神の不在”を恨めしく思い、そして呪った―

「終わった・・・もう、何もかも・・・」
そう呟くと、ヤススは地面に手をつき呻いた
ヤススの一言は、その場にいた全ての気持ちを代弁してるかのようであった
だが・・・