〜一の塔【Lust】〜

7人の『マヤザック』が姿を消して以降―
ハロモニアの平和と栄華の象徴であった街は無数の魔導兵器・ゴーレムの出現により、無惨にも蹂躙され、破壊し尽くされようとしていた
人々は散り散りになって逃げ惑い、ある者は救いを求めるようにハロモニア城へと駆け込み、
ある者はゴーレムに見つからぬよう、じっと息を潜めて瓦礫の山に紛れてその身を隠す他なかった
今もなお、我が物顔で街を練り歩く破壊者・ゴーレム・・・
だが、そんな奴らに立ち向かう者達もいた

「退いて退いてーっ!」
ザシュ!! ズバッ!!
「あなた達と遊んでるヒマは無いのよ!」
キィィィィーン!! ドスッ!!
自分達の身の丈の三倍から四倍はあろうかというデカブツを次々と撃破していく二人組がいた
「ゼィゼィ・・・以外と距離があるわねぇ・・・」
「あ、アベさん!休んじゃダメですよ〜!早くアイツらを止めなきゃ!」
「ガキさん、ホントにタフよねぇ〜・・・やっぱり現役ってスゴいわよねぇ〜!」
「いえ・・・そんな・・・」
先程から行く手を阻むゴーレム達を次々と瞬殺していたのは、元『暁の乙女』エース・アベナッチと、
現『暁の乙女』親衛隊長・ガキシャンの二人であった


ここまでシャニムニに塔目指して走り回っていた二人ではあったが、行く手を阻むゴーレムにはほとほと手を焼いていた
「ホント・・・キリがないべさ」
「全くですよね・・・」
倒せども倒せども次から次へと現れるゴーレムのしつこさに、つい、英雄らしからぬ愚痴が口をついてしまう
「アベさん、もう少しの辛抱ですから・・・先急ぎましょう!」
少しダレ気味のアベナッチを励ましガキシャンが先を進もうとした時だ

「ヤダーッ!ヤダヤダーッ!」
「ダメよっ!早く逃げなきゃ!」
二人のいる地点の前方から、人の声が聞こえてきた
ゴーレムの襲撃から逃げそびれた市民なのか・・・?
となると、“ハロモニアの守護神”がとる行動はただひとつ・・・
「ガキさん!」
「ハイッ!」
アベナッチの合図にガキシャンが頷き、すぐさま声のする方へと走っていった

二人が到着すると、駄々をこねる小さい娘を母親が手を引っ張っている姿があった
「もう諦めなさい!早く逃げないとバケモノに殺されちゃうわよ!」
「でも・・・でも・・・!」
母子のただならぬ様子にアベナッチ達が割って入った
「あの、どうしたんですか?」


「!!」
突然割って入ってきた二人に母子は戸惑ったものの、二人が新旧『暁の乙女』だと知るや、母子は口論を止めた
「き、騎士さま・・・!」
「よかったら、事情を聞かせてもらえませんか?」
ガキシャンが努めて穏やかに母子に尋ねてみる
すると、小さな女の子が二人にすがるように訴えかけてきた
「あの・・・騎士さま!お願いです!」
「ちょっと、カニョン!止しなさい!」
「だって!」
「まあまあ、お母さん・・・まずは落ち着いてください」
聞き分けのない女の子を叱りつけようとする母親をガキシャンが制止する
そして同時に女の子に優しく問いかけた
「カニョンちゃん、だっけ?お姉ちゃん達にお願い・・・ってなにがあったのかな?言ってごらん?」
(へぇ〜・・・昔は甘えてばかりだったガキさんも、すっかりお姉さんになったもんだべさ!)
女の子をなだめるガキシャンの姿を見て、アベナッチは頼もしくなった“妹”の成長に目を細めた

女の子は言う
「あの、カニョンの・・・カニョンの宝物・・・」
そこへアベナッチが優しい口調で語りかける
「宝物が・・・どうしたのかな?」
「家に・・・家に置いてきたままなの!」
そう言って女の子・カニョンが指差したのは、ゴーレムに今、まさに壊されかけんとしている家だった


グオォォォォーッ!!
呪詛にも似た唸り声をあげ、ゴーレムは家屋に向かってその太い腕を何度も何度も振り下ろし、
その度に無惨にも家屋から破片や粉塵が舞っていく・・・
幸い、カニョンの家屋は外壁を蔦が覆う頑強な石造りの建物で未だ形を保ってはいるが、
度重なるゴーレムの強襲により、もはや倒壊寸前までに陥っていた

「お願いです騎士さまっ!」
目にいっぱい涙を浮かべながらカニョンはアベナッチに訴えた
だが、アベナッチの答えは少女の淡い期待を打ち砕くものであった
「カニョンちゃん・・・残念だけど、それは出来ないわ」
「・・・騎士さま?」
絶望する少女を諭すようにアベナッチが言葉を続ける
「いい、カニョンちゃん?“宝物”も大事だけど、今は避難することが一番大事なの・・・」
「・・・」
そしてアベナッチはカニョンの肩に手を回し、優しく抱きしめながら言い聞かせる
「もし、カニョンちゃんが居なくなったら、カニョンちゃんのママはとっても悲しむと思うんだ
だって、カニョンちゃんのママにとって、カニョンちゃんは一番の“宝物”なんだよ?」
アベナッチも決して頭ごなしにカニョンの訴えを否定した訳ではなかった
あくまでも、カニョン母子の安全を第一に考えてのことだったのだ


「カニョンちゃん、ママを困らせちゃダメでしょ?わかった?」
アベナッチにそう優しく諭されたら、カニョンも黙って頷くしかなかった
「カニョン・・・宝物ならまたママが買ってあげるから・・・今は早く避難しましょ?」
そう言ってカニョンのママが手を引いた時だ

「アベさん・・・」
2人のやりとりをじっと聞いていたガキシャンが口を開いた
「アベさん、コレ・・・見て下さい」
そう言って、ガキシャンがアベナッチの目の前に“あるもの”をスッと差し出しだ
「!?・・・コレは?」
目の前に差し出されたもの・・・それは古ぼけて色褪せた、ただのハチマキだった
しかし、アベナッチはそのハチマキには見覚えがあった・・・
「コレは・・・!?」
「コレは、アタシの宝物なんです」
ガキシャンはアベナッチに背を向けながら話し始めた
「このハチマキは、ある少女の運命を変えたハチマキなんです・・・
子供のアタシは恥ずかしがり屋で、引っ込み思案で、意気地無しで・・・自分自身が好きになれない、そんな子でした
でも、そんなアタシにも憧れの人がいました
その人はとても明るくて元気いっぱいで・・・まるで天使のような人だったんです」


「ある時、内気なアタシを見かねたママがアタシを元気づけようと、その人のところへ連れてってくれたんです
でも、内気なアタシは憧れの人が目の前に居るのに恥ずかしがってなかなか声がかけられなくて、悔しくって・・・
そのままポロポロと泣き出しちゃったんです
そんな時でした・・・その人がアタシにこのハチマキをくれたんです
そして、
『アタシだって、小さい頃はいじめられっ子だったんだ
でも、勇気を振り絞ったらみんなが振り向いてくれた・・・
なんの取り柄もない、平凡なアタシだって変われたんだから、きっとアナタにも出来るハズ、なりたい自分になれるハズ・・・』って勇気づけてくれたんです・・・」
ガキシャンの独白を、アベナッチもカニョン親子もじっと聞き入っていた
「だから、アタシはこの子の大切な宝物を守ってあげたいんです!
何もしないで諦めて後悔するより、精一杯頑張って後悔しないようにしたいんです!」
ガキシャンの独白の後、その場はしばらくの間沈黙が続いた
やがて、ひとつ大きな息をついてから、アベナッチが話し始めた
「ガキさん、もしその人がここに居たなら、きっとこう言ってたハズよ・・・
『出来るハズ』って」


そう言うと、アベナッチはガキシャンを見てニッコリと微笑んだ
そして、カニョン母子の方へ向き直り、こう告げた
「お母さん、アタシ達に任せてもらえませんか?」
カニョンの母親は少し躊躇ったものの、先程までのガキシャンの熱い独白に心を揺り動かされたのか、静かに
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
と言って、深々と頭を下げた
その母親の承諾を聞いた瞬間、カニョンは喜びを爆発させた
「ママ!ホントにいいの!?」
「ホント、強情なのはアタシにそっくりなんだから・・・
いいわよ、カニョン・・・でも、騎士さまの言うことをしっかり守るのよ?」
やれやれ、と言った表情でカニョンの母は娘に許しを与えたのだった

「アベさん!ガキさん!お願いします!」
先程まで泣いていた子が笑っている様に2人は苦笑いしながらカニョンに
「じゃあ、行くよ!」
と、声をかけた
そして3人はカニョンの家へと駆け出した
「ガキさんはバケモノをお願い!アタシはこの子と一緒に家の中に入るから!」
「了解です!・・・任せといて下さい!」



3人が目標のカニョン家に到着すると、先陣を切ってガキシャンが仕掛けた
「コラー!これ以上お家を壊すのを止めるのだ!」
そう言い放ち、腰に帯びたサーベルを抜いて背を向けているゴーレムに強烈な一撃をお見舞いした
強い剣撃により、ゴーレムはぐらりと体勢を崩す
そしてぐるりと向きを変え、遊びを邪魔された幼子のようにガキシャンに向かって太い腕を振り回すのだった

ドゴォォォォン!! ドゴォォォォン!!
太い腕、硬い拳は触れるものを激しく穿つ
だが、その緩慢な一撃一撃が敏捷な体捌きのガキシャンを捉えることはなかった
「ホラ!こっちだよ、こっち!」
挑発を繰り返すガキシャン
言葉が通じないゴーレムのハズなのだが、ガキシャンの存在が気に食わないのか、やがてガキシャンを執拗に狙い出した
「今だっ!」
ゴーレムがカニョン家を離れたのを見るや否や、アベナッチはカニョンの手を引き素早く家の中へと滑り込んだ
「いい?ガキさんが時間稼ぎしてくれてるから、カニョンちゃんは早く宝物を取り出して!そしたらすぐに脱出するよ!」
「ハイッ!」
アベナッチの指示にカニョンは素直に返事し、激しく傷んだ屋内をずんずんと突き進んでいく


廊下をしばらく進むと、カニョンが奥の部屋に入っていった
「あった!」
カニョンが喜びの声をあげる
「あったの?」
「ハイッ!」
喜色満面でカニョンが大切に抱えていたもの、それは少し古ぼけてはいるが、しっかりとした装丁のノートと絵本の数々だった
「これが・・・宝物なの?」
少し怪訝そうな顔して尋ねるアベナッチではあったが、カニョンは嬉しそうに
「ハイ♪」
と答えた

「アタシ、夢があるんです・・・」
「夢・・・?」
「ハイ、アタシ、大人になったら作家さんになりたいんです♪」
「作家さん?どうして?」
「アタシ、背が小っちゃいし、運動もあんまり得意じゃないから、騎士さまのようになれないと思うんです・・・
でも・・・物語の中なら、なりたい自分になれるし、それに・・・」
「それに?」
「パパとママにアタシの書いたお話を見せたら、『上手だよ!』ってほめられて・・・
お友達にも『上手だね!』『面白いね!』ってほめてもらったのがうれしくって・・・」
そうはにかみながらも嬉しそうに話すカニョンに、アベナッチはかつての自分の姿を見たような気がした
だから、カニョンに優しく語りかけた
「カニョンちゃんなら、素敵な作家さんになれるよ、きっと・・・
でも、もっともっと強く願ったら、憧れの騎士にもなれるよ」


「騎士さま・・・」
自分の夢を後押ししてもらえて感激したのか、カニョンはポロポロと涙をこぼし出しだ
そんなカニョンを
「ほらほら、泣かない、泣かない」
と、そっとあやすのだった

「さぁカニョンちゃん、そろそろ行くよ!」
優しい時間が過ぎて、いよいよ2人が屋外へ出ようとした時だ

ドゴォォォォン!!
強い衝撃と震動が建物全体を激しく揺さぶった
「!?」
粉塵が舞う室内から2人は駆け足で表へ飛び出す
するとそこには、先程とはうってかわって4〜5体のゴーレムが周囲を取り囲んでいた
「!・・・ガキさんは?」
アベナッチは囮役を引き受けてくれたガキシャンの姿を目で追った
「!!」
目撃したガキシャンを見て、アベナッチは驚愕した
ガキシャンは・・・カニョン家の外壁にめり込んでいたからだ
アベナッチとカニョンの2人が室内で感じた衝撃と震動は、おそらくガキシャンが外壁に衝突したためであろう
「ガキさん!?どうしたの!?」
アベナッチはひどく動揺する
昔ならいざ知らず、今のガキシャンは『暁の乙女』の親衛隊長を務める程に強くなっている
おそらく過去の『暁の乙女』のメンバーと比較しても遜色のない実力を身につけているハズだ
そのガキシャンをここまでする相手とは一体・・・?


『無様だね・・・』
どこからか声が鳴り響く
聞き覚えのある声・・・
アベナッチは声のする方を振り向いた
「アイちゃん・・・」

まさかであった・・・だが、目の前に映るものは悲しい現実であった
ガキシャンをものの見事に吹き飛ばしたのは、『暁の乙女』隊長・アイオーラであった
ガキシャンとアイオーラの間柄は苦楽を共にしてきた同期であり、良きライバル、良き相棒でもあり、今では『暁の乙女』における隊長・副隊長である
その2人が敵味方で相見えるとは何という運命の悪戯か?

「ガキさん!しっかりするべさ!」
外壁に埋まったガキシャンをアベナッチは急ぎ引っ張り出す
「アベさん、あれはアイちゃんじゃないです・・・」
消え入るような声でガキシャンが呟く
「ウソ!?」
耳を疑ったアベナッチはガキシャンに聞き返す
だが、ガキシャンが答えるより早く返事をするものがいた
『ソイツの言う通り・・・アタシはアイオーラなんかじゃない・・・』
「じゃあ、あなたは誰なのよ!?」
目の前にいるのがアイオーラでないなら・・・?そんな思いでアベナッチは聞き返す
『アタシか?アタシの名は“色欲”のエードット・・・』


「“色欲”の・・・エードット?」
うわごとのようにアベナッチが呟いた
『そう・・・コイツのもう一つの人格・・・それがアタシだ』
アイオーラ、いや、エードットの言葉にアベナッチもガキシャンも愕然とする
人間には、抑圧された環境下の中で現実逃避のために別の人格が形成されることがある・・・と聞くが、
それがまさかアイオーラだったなんて思ってもみなかったのだ
アベナッチやガキシャンの知るアイオーラは、皆の前で愚痴や不平を言わず、控えめで、コツコツ真面目に努力するタイプなのだ
「!?」
そこで何かに気付いたアベナッチとガキシャンが互いの顔を見合わせる
“抑圧された環境下”・・・“現実逃避”・・・もしや・・・!
2人が“答え”に気付いたとみると、エードットが雄弁に語り出した
『ようやくわかってくれたかしら?
アタシは『暁の乙女』に入ってからずっと、束縛された生活を強いられてきたわ・・・
そして時が経つにつれて先輩達が次々といなくなって、とうとうアタシが『暁の乙女』のリーダーにまでなった・・・
でもそこで待っていたは、自由なんかじゃなくて、今まで以上の束縛!
アタシは・・・アタシは・・・もうこれ以上“いい子ちゃん”じゃいられない!
全部、メチャクチャにしてやる!』


そう言い放つとエードットは腰に帯びたサーベルをスラリと抜き、2人に斬りかかった
『ウオォォォーッ!』
大上段からサーベルを降り下ろすエードットに対し、アベナッチは得物の巨大なチャクラム(戦輪)で受けようとする
だが、
「アベさん!ダメです!」
太刀を受けようとしたアベナッチをガキシャンが突き飛ばす
「なっ!?」
突き飛ばされたアベナッチはガキシャンの行動に苦言を呈そうかとしたが、すぐさまその言葉を呑み込んだ
「な・・・なんなのよ、コレ・・・?」
そうこぼしたのも無理はない
エードットが放った太刀の軌跡に沿って地面が大きく抉れているからだ
もしかして、ガキシャンが家の外壁にめり込んでいたのは・・・?
『ちっ・・・!邪魔しやがって!せっかく秒殺してやろうと思ったのに!』
サーベルを構え直したエードットは今度は水平に薙いだ
ビュゥゥゥン!!
風切り音を立てて真空の刃がアベナッチとガキシャンを襲う
先程の垂直の斬撃と違い、広い範囲を攻撃できる水平の斬撃・・・逃れるのは至難の業か?
「間に合え!」
眼前に刃が迫ってきてるのにも関わらず、ガキシャンはやおら地面にサーベルを突き立てた
「出でよっ!埴歩兵徒(ハニホヘト)!」


ガキシャンがそう叫んだ途端、地面から何かしらの人影が出現した
だがその直後、エードットの放った真空波が人影を直撃する
ドスッ!!
『!?』
確かに、エードットの真空波は人影を捉えた・・・しかし、真空波が人影を貫通することはなく、そのまま消滅してしまった
「ガキシャン・・・コレは?」
「見ての通り、土塊の人形です・・・身代わりになってもらいました」
ふぅ・・・と安堵の息を漏らすガキシャンとアベナッチ
しかし、その行為がかえってエードットの不興を買ってしまった
『ちぃぃ!小賢しい!だったらコッチも・・・』
そう言ってエードットは懐からなにやら小袋を取り出し、中身を地面にぶちまけた
どうやら丸い、球体のようである
『ソッチが人形ならコッチだって・・・!行け!“泥だんご”達!』
エードットがぶちまけた“泥だんご”が地面に接触すると、なんと、そこから次々と新しいゴーレムが雨後の筍の如く沸いて出てきた
「このぉ・・・!」
多勢に無勢、突然割り込んできた邪魔者に苛立つガキシャンは闇雲にサーベルを振りかざし、ゴーレム達に斬りかかっていく
「ガキシャン!」
熱くなっているガキシャンを止めようとアベナッチが動こうとする・・・が、アベナッチにはその場を動くことが出来なかった


「きゃあああーっ!」
「ママーッ!」
そう、この場にいるのはアベナッチとガキシャンだけではない・・・一般人のカニョン母子もいたのだ
『おや?』
2人の存在に気付いたエードットがまるでオモチャを見つけた子供のように、嬉々とした顔つきでゴーレム達に命令する
『“泥だんご”達!アイツらを狙うんだ!』
グオォォォォーッ!!
エードットの命令を受け、ゴーレム達が一斉にカニョン母子に目を向ける
「ヤバっ!」
ゴーレム達が動き出すより早く、アベナッチがカニョン母子の元へたどり着き迎撃態勢を整えた
「ガキさん!カニョンちゃんはアタシが引き受けるから早くアイツを倒して!」
「アベさん・・・!」
「いいから!早くっ!」
「・・・わかりました、ご無事で!」
エードットの卑劣な行為に憤るも、アベナッチに檄を飛ばされ、ガキシャンはやむなくエードットへと怒りの矛先を向ける
「コラーッ!エードットとやら!アイちゃんを還すのだ!」
アイオーラの身体を乗っ取った『マヤザック』の分身・エードットに対してガキシャンが吠える
しかし、エードットからの返事はガキシャンを混乱させたのだ
『ハハハ・・・可笑しなことを言うのね!アタシはこの子の潜在意識の中の自分・・・つまり、この子が自ら望んだ姿!』


「望んだ・・・姿?」
エードットの返事に今まで心の中で昂っていた闘志が急速に冷めていくのをガキシャンは感じていた
『そう・・・この子はもう何もかもがイヤなんだってさ!これ以上何かに束縛されたくないんだってさ!』
「ウソだ・・・絶対ウソだっ!ウソなんか言うなっ!」
ありったけの大声を張り上げるガキシャン
大声を張り上げ虚勢を張ったのは、そうでもしないと自分自身が感情が保てないと感じたからだ
だが、そんなガキシャンの感情を見透かしてか、エードットがガキシャンの心を掻き乱す言葉を投げかけた
『悪いけどホントよ・・・だって、この子が全てを拒絶したからもうひとりのアタシが出てきたんじゃないの!』
「!!」
エードットの至極まともな言葉にガキシャンは打ちのめされてしまう
まだ戦いの最中だというのに膝をつき、うなだれてしまった・・・
「ガキさん!?」
アベナッチが声をかけるもガキシャンは反応しない
心、ここに在らず・・・といった感じだ
『アハハハ!不様ね!ついでに言っといてあげるわ!
この子、あんたのことがキライなんだってさ!』
追い討ちをかけるようなエードットの言葉がガキシャンの心を激しく、そして容赦なく抉る!


「・・・・・・」
呆然とするガキシャン
エードットの追い討ちの言葉がガキシャンの闘志を根こそぎ奪い取ってしまった
『アハハハハ!どうだ?友達ゴッコで裏切られた気分は?ん?』
ここぞとばかりに憎まれ口を叩くエードット
ガキシャンの心まで折るつもりなのだろう
「ガキさん!耳を貸しちゃダメ!」
アベナッチが必死に呼びかけるも、その言葉は虚ろなガキシャンの心にはもう届かない
ならば、なんとか間に入って助けに向かおうにも傍にはカニョン母子がいる上、行く手はゴーレム達に遮られている・・・
完全に手詰まりなのだ

『ふん!その辛気臭いツラなんかもう二度と見たくもない・・・いっそのことこの場で消し去ってやろうか!』
おもむろにエードットがサーベルを大上段に構える
すると、その刀身に陽炎が立ち上り、周囲の空気が歪み始めているのが見てとれた
エードットはおそらく刀身に集めた真空の塊でガキシャンを押し潰そうと考えているのだろう
『いよいよお別れだね・・・あばよ!』
何の躊躇もなくエードットはサーベルを降り下ろす!
「逃げて!ガキさん!」
アベナッチの悲痛な叫び声がこだまする
だが、無情にも“鉄槌”は降り下ろされてしまった・・・


ドオオオオン!!
耳をつんざくような衝撃音とともに足元を揺るがす激しい震動が伝わってきた
「うわわわっ!?」
あまりの激しさにアベナッチも転倒しそうになってしまう
エードットの放った一撃はそれだけすごいものだったのだ
なんとか踏ん張り転倒するのをこらえたアベナッチは自身の安全を確認すると、真っ先にガキシャンの姿を追いかけた
「ガキさん!?」

果たしてガキシャンは・・・いた!
それもエードットの一撃をサーベルでしっかりと受け止めているではないか?
受け止めたガキシャンの周囲だけ地面が著しく陥没している・・・それが衝撃の凄さを物語っていた
しかし、それより凄いのは、その衝撃を受け止めたガキシャン・・・
「ガキさん!」
とりあえずの無事を確認して、アベナッチは少し安堵する
だが、その安堵もすぐに不安へと逆戻りしてしまう
「・・・・・・」
「ガキさん?・・・どしたの、ガキさん?」
よくよく見てみると、ガキシャンの様子がおかしい
なにやら独り言をブツブツ言ってるようなのだ
うまく聞き取れないのでアベナッチは耳に全神経を集中させ、感覚を研ぎ澄ました
「!?」
聞こえてきた俄に信じ難い言葉にアベナッチは絶句した


「キライだよ・・・アタシもあんたのことが・・・」
アベナッチは耳を疑った
だが、ガキシャンはその言葉をまるで呪詛のように呟いているのだ
『チィィ!死に損ないがぁ!』
叫び声をあげてエードットが受け止められた刃を再度ガキシャンに押し込もうとする
しかし、びくともしないのだ!
まるで石像の如く、ガキシャンの身体はエードットの刃を受け止めたままなのだ
「・・・・・・」
またなにやらガキシャンから呟きが聞こえてくる
「ガキシャン・・・どうしたんだべさ!?」
何かに取り憑かれたように呟き続けるガキシャン・・・その言葉とは?
「我乙かれにて臥して鬼と為らん・・・『乙臥我鬼(おふがき)』!!」
突然声を張り上げたガキシャンが気合い一閃、エードットの刃を力強く押し返す
『な・・・なにぃ!?』
驚いたのはエードットである
精神的ショックを受け、もはや戦意喪失したものと思っていたガキシャンが急に息を吹き返したのだから
目に闘志を宿したガキシャンが吠える
「おい、エードット!・・・いや、馬鹿アイ!キサマのその腐った根性、修正してやる!覚悟しろ!」