荒ぶる“鬼”と化したガキシャンは返す刀でエードットに斬りかかる 「ふんっ!」 『うわっ!?』 その太刀筋は鋭く、思わずエードットを仰け反らせるほどであった 『このぉ!喰らえっ!“疾風の白”!』 エードットの斬撃から真空波が飛び出しガキシャンに襲いかかる! 「なんのっ!」 目の前に迫ってきた真空波を、なんとガキシャンはサーベルの一太刀で払い除けてしまった 『ウソでしょ!?』 驚くのはエードット 自信たっぷりに放った攻撃がいとも簡単に弾き飛ばされたのだから当然である 唖然とするエードットにガキシャンが告げる 「エードット・・・いや馬鹿アイ!アタシはお前が大キライだった! 魔法にも、剣術にもセンスがあって、同期の中でもいち早く出世したあんたが! 秀才と凡才・・・つくづくそう思い知らされた!どうやったらあんたに勝てるか・・・ずっとそればかり考えてきた! 答えは簡単だった!人一倍努力をすればいい・・・だからアタシは必死に努力した!あんたに負けたくないから陰で努力した! あんたが遊んでいる間、アタシはあんたとの距離が縮められると思って鍛練をした! アタシはあんたの倍以上は努力をしたつもりだ!その自信はある! だから今この場で、それを証明してみせる!」 「ガキさん・・・」 常日頃理想の『乙女』像を体現すべく、品行方正を貫いつきたガキシャン ところが、その心の奥底にしまってあった激情をぶちまけた妹分にアベナッチも驚きを隠せなかった 『黙れ・・・黙れ黙れ黙れーっ!』 自信満々のガキシャンの態度が気に食わないエードットは怒りを露にし、今までにない顔つきに変わった 『いいよ!やってやるよテメェ!』 やおら印を結び呪文の詠唱を始めるエードット おそらく大がかりな魔法であるのは間違いない 「させるかぁー!」 大がかりな魔法がくるとわかっていて手を招いているガキシャンではない アベナッチがカニョン母子を守って動けない今、阻止できるのはガキシャンしかいないのだ 「喰らえ!『悪魔芽(おまめ)』!」 ガキシャンのサーベルのひと突きがまるで植物の蔦の如くエードットに襲いかかる! 「その首、もらったーっ!」 印を結んでいるため、エードットにはガキシャンのひと突きを防ぐ術はない 勝利を確信したガキシャン・・・だが、ものの数秒後、その確信は無念に変わった ドスッ!! 突きがめり込む手応えはあった しかし、それは肉の感触ではなく土塊の感触・・・すなわちガキシャンが貫いたのは、エードットではなくその傍にいたゴーレムの一体であった・・・ 「クソッ!邪魔をするなっ!」 グワッシャァァァ!! 邪魔された腹いせに任せてゴーレムを撃破するガキシャン・・・しかし、標的のエードットを止めなければ全ては無に帰してしまう 「退けっ!退けっ!」 次から次へとサーベルを振るうガキシャン・・・だが、その太刀は全てエードットの傍にいるゴーレムによって阻まれてしまう 「クソォ!」 激しく憤るガキシャン・・・そしてその姿を見て優越感に浸るエードット それは先程までの両者の立場がすっかり逆転したことを意味していた 『ふん!ずいぶんヒヤヒヤさせられたけど、もうタイムアップだよ!』 エードットが吐き捨てる どうやら呪文の詠唱を終えたらしい 『おいガキ!テメェのしつこさにはホントうんざりしてるんだよ! 昔からそうだった・・・訓練でアタシと試合して負けても何度も何度も突っかかってきやがって! まるでゴキブリみたくしぶといからアタシはテメェが大キライだったんだよ! でも、それも今日で終わり・・・あばよ!』 勝利を確信したエードットは口元を歪ませ、いやらしい笑みを浮かべたまま詠唱を終えた魔法を解き放った! 『死ね!“旋風の黒”!』 エードットが前方に手をかざすとその手に大気が集中していくのが感じとられる そして大気が充満したのを感じとったエードットはそれをガキシャンに向けて放出した 凄まじい大気が大きなうねりとなってガキシャンに襲いかかる! 「くうっ!」 なんとか防御体勢をとるが、大気の渦を払い退けることは敵わず、ガキシャンは旋風に巻き込まれ弾き飛ばされてしまった ドサッ!! 錐揉みしながら地面に叩きつけられたガキシャン その衝撃は傍観していたアベナッチはもとより、魔法を放ったエードットも目を見張った 『ハハ・・・キャハハハハ! ざまぁみろ!ざまぁみろ!!』 間違いなく致命傷を与えたと確信したエードットはここぞとばかりにガキシャンを激しく罵る ピクリとも動かないガキシャン・・・ それに対しエードットは始めの内は罵倒することで満足していたが、次第にガキシャンが抵抗しないことに不満を感じ始め出した 『おい?なんだよそのザマは!?つまんねぇんだよ!』 再び激しく罵るエードットだったが、未だに動かないガキシャンに業を煮やして、再度呪文の詠唱を始めたではないか? 『もう、今度こそ終わりだ・・・消し飛べ!“旋風の黒”!』 再びエードットが前方に手をかざし、ガキシャンに狙いをつける 大きな大気のうねりが全てを呑み込む禍々しい渦となって牙を剥く! 『死ねっ!』 エードットから解き放たれた魔法は一陣の旋風となってガキシャンを呑み込まんとする! その勢いたるや、放ったエードットも反動で吹き飛ばされそうになるくらいだ 黒い旋風が目前まで迫ってくるも、未だガキシャンが動く気配はない・・・ 『もらったぁー!』 勝利の雄叫びをあげるエードット・・・だが、雄叫びは絶叫へと変わる・・・ ゴオォォォォーッ!! 黒い旋風がガキシャンを呑み込まない・・・いや、飲み込めない・・・と言った方が適切な表現か まるで見えない壁に阻まれているかのように、黒い旋風はガキシャンの手前で留まっているのだ 『ウソでしょ!?』 目の前の信じ難い光景にエードットは悲鳴をあげる しかし、その悲鳴はさらに大きくなる ゴオォォォォーッ!! ガキシャンに襲いかかった黒い旋風は遂には何かによってかき消されてしまったのだ 『そ、そんな!?』 理解不能の事態に激しく動揺するエードット・・・一体、何が起きたというのだ? その原因は風が止み、視界が晴れたことで明らかになった 『なっ!?』 エードットは絶句した 地面に横たわるガキシャンのその向こう側に、変身を遂げたアベナッチの姿を見たのだ 外見そのものはいつものアベナッチではあるが、その背中からは大きな翼が生えているのだ その姿はさながら“天使”のようであった 「子供のケンカに親が出るのは不粋だから・・・ってガマンしてたけど、乱入したのはソッチが先だから文句は言わせないわよ!」 エードットを鋭く睨みつけるアベナッチ・・・その目付きはいつもの柔和な眼差しではなく、明らかに怒気を含んでいた 『くっ・・・!邪魔するなぁ!』 アベナッチの眼光に怯んだのかエードットは苦し紛れにサーベルをひと振りして真空波を放つ だが、その斬撃はいとも簡単に防がれてしまう 「悪しきものよ・・・全て消し飛べ!“Angel wing”!」 ビュオォォォーッ!! アベナッチの翼から巻き起こった一陣の旋風がエードットの真空波を弾き飛ばした! そう、これこそがエードットの“旋風の黒”をかき消したものの正体であった 『うぅ・・・』 アベナッチの“真の姿”に恐れおののくエードット そのエードットにトドメを刺すかと思いきや、アベナッチは地面に横たわるガキシャンに檄を飛ばした 「こら!ガキシャン!いつまで寝てんのよ!早く起きなさい!」 するとどうだろう・・・今までピクリとも動かなかったガキシャンがアベナッチの檄を受け、起き上がろうとするではないか? 『あーもうっ!全員ぶっ飛ばしてやるっ!』 思い通りにならない現実に苛立つエードットは焦りからか、単独で飛び出した 『この死に損ないがっ!』 まだ起き上がれないガキシャンに照準を絞り、エードットは突進する 『くたばれぇぇぇーっ!』 エードットにはもはや余裕も何もなかった・・・ただ遮二無二に突っ込んでいっただけだった もちろん、そんなエードットに勝ち目などなかった・・・焦るあまり単独で飛び出した、その時点で勝負はついていたのだ 「我、依り代と為りて、似せる鬼となる・・・秘奥義!『似依我鬼(にいがき)』!!」 その言葉を発した途端、今の今までよろよろだったガキシャンに生気が蘇り、闘気が迸る! 『このぉーっ!』 大上段からサーベルを振り下ろすエードット・・・しかし、その太刀筋はガキシャンのカクカクとした、摩訶不思議・奇妙奇天烈な動きの前に空振りした 『このぉ!このぉ!』 破れかぶれでサーベルを振り回すエードット・・・しかし、どれもこれもガキシャンをかすめることすら敵わなかった 「あれは・・・!」 初めてみせるガキシャンの動きにアベナッチは驚愕の事実に気付き始めた 「あれはイーダの動き・・・」 アベナッチが呟いた名前・・・それは、彼女の同期であり、『暁の乙女』の隊長を張ったこともあるイーダのことである 現役時代には、まるでゼンマイ仕掛けのオモチャのような、常人には到底予想不可能な動作をしていた彼女の動きを、 ガキシャンは忠実に、かつ見事に真似てみせたのだ 「ホラ!ボサッとしてるんじゃないわよ!」 バランスを崩し、隙だらけのエードットにガキシャンの太刀の乱舞が襲いかかる! 「リカちゃん・・・」 アベナッチが次に呟いた名前は、元『暁の乙女』のリカサークの名前である 得物こそ違えど、一気呵成に攻め込む姿は彼女そっくりなのだ 『テメェ・・・!』 ガキシャンのラッシュに怒り心頭のエードットはやみくもにサーベルを振り回すが、 ガキシャンはその太刀筋を華麗に避けつつ、隙を見つけてはチクチクとカウンターをお見舞いしていく 「これはヤグっちゃんの・・・」 次にガキシャンが真似たのは、やはり元『暁の乙女』隊長をしていた現・EXーZYX指揮官のヤグーの動き・・・ 小柄な身体と敏捷性を活かした、華麗なフットワークを駆使するカウンター戦術だった 「そうか!」 ここでようやくアベナッチは確信した ガキシャンの秘奥義『似依我鬼』とは、歴代の『暁の乙女』メンバーの動きをそっくり真似ることだと! ガキシャンの勢いは止まらない 「ハッ!ホッ!セイッ!」 小気味のよいリズミカルな足技が次々とエードットの脚に、身体にヒットしていく 「あれはヨッちゃん!」 『うわあぁぁぁーっ!』 次から次へと戦闘スタイルを替えていくガキシャンの動きに追いつけず、 完全にエードットはもがいてももがいても抜け出すことの出来ない底無し沼の悪循環に陥ってしまった 「そんな攻めじゃ、この鉄壁の守りは崩せない!」 自分の型を見失ったエードットの弱々しい太刀筋をガキシャンは真っ向から捌いていく 「ケイちゃんだ!」 「ドラララララーッ!」 『げふっ!ごほっ!がはっ!』 ヤススの鉄壁の守りから一転、お次は嵐のような疾風迅雷のラッシュが待っていた 「ノノタン・・・アイヴォン・・・」 かと思えば、流れるような美しい剣の舞い・・・ 「ゴッちん・・・」 『ハァー・・・ハァー・・・』 あれだけ短時間の内に8人もの“伝説の戦士”達と戦ったエードットの消耗度合いは一目瞭然であった 肩で息をし、しかもその息も絶え絶えであり、辛うじて立っている状態だ だが、もはや“戦鬼”となったガキシャンに“慈悲”の二文字など、ない 「そしてこれは・・・アタシの敬愛してやまない、アベさんの分!」 咆哮も高らかにもはや死に体のエードットに向かってガキシャンはサーベルを水平に薙ぐ 「ハァーッ!!」 その斬撃がエードットの胴体を捉えると、その勢いのままにガキシャンは独楽のようにクルクルと回りながら連撃を加えていく! 「フィニッシュ!!」 最後の斬撃がエードットを弾き飛ばす ドサッ!! 『ごはっ!』 弾き飛ばされた身体を地面に強かに打ちつけて血反吐を吐くエードット・・・もう戦闘不能なのは一目瞭然である しかし、そんな状態になってもガキシャンは容赦しない・・・一歩、また一歩とエードットへと歩を進めていく 「ガキさん!もう止めて!それ以上やったら・・・」 あまりの激しさアベナッチが止めに入る もし、これ以上やったら・・・エードットの本体・アイオーラの生命に危険が及んでしまう! しかし、それでもガキシャンは歩みを止めなかった・・・そして遂にはエードットの元へたどり着いてしまう・・・ 『ひっ!?ひいぃぃぃーっ!!』 そこには今までの傲岸不遜なエードットの姿はなかった・・・あるのは、命乞いをする哀れな敗者の姿・・・ 「エードット!覚悟しろ・・・これが最期の一撃!アタシからのプレゼントだ! 喰らえ・・・『ジュマペール』!」 『アッー!!』 ゴッ!! 命乞いをするエードットの額にガキシャンのサーベルが振り下ろされた! ・・・が、エードットの額を捉えたのは刃ではなく柄の部分であった とはいえ、かなりの勢いで振り下ろしたのだから、その衝撃はそれ相応にはあるだろう その推測通り、額に一撃を喰らったエードットはそのまま昏倒したまま動かない・・・ 「ガキさん!」 危うく仲間を殺さんとばかりの勢いだったガキシャンにアベナッチが駆け寄る 見ると、エードットが昏倒したせいか、操り人形であった“泥だんご”ことゴーレム達もすっかり消滅していた 「ガキさん!なんであんな危険なことを・・・!」 珍しく血相を変えてアベナッチが詰め寄る 「アベさん、ごめんなさい・・・でも」 素直に詫びるガキシャンであったが、まだ何かを言いた気であった 「でも?」 「アタシは信じてるんです・・・アイちゃんを!」 アベナッチにそう答えるガキシャン 「信じてる・・・って?」 「きっとアイちゃんなら・・・今まで苦楽を共にしてきたアイちゃんなら、きっと帰ってくるって・・・」 「・・・」 「あの最期の技は、きっとアイちゃんの記憶を呼び覚ましてくれる・・・そう確信してます」 エードットが昏倒して、どれだけ時間が経っただろうか? 長い時間が経ったようにも思えるし、ホントはほんの僅かな時間しか経っていないかも知れない・・・ ただ、過ぎていく時間がとてつもなく長く感じることだけは確かだ 「ガキさん・・・大丈夫なの?」 昏倒するエードット・・・いや、アイオーラを目の前にして、不安で仕方のないアベナッチがガキシャンに語りかける 「大丈夫です、きっと・・・今はアイちゃんを信じるしかありません」 そう言ったガキシャン・・・それはまるで自分自身に言い聞かせているようでもあった 長く続く重たい沈黙・・・いつまで待てばいいのか?全員が焦れた、その時だった 突如、アイオーラの全身から黒い霧が立ち上った! それがやがて何かの形を為し、具現化し始める! そして遂には、蠍の尻尾を持ち、全身が甲殻に覆われた半獣人の姿へと変化した これが“色欲”のエードットの真の姿なのか? 『クッ・・・!貴様等如きに遅れを取るとは・・・なんたる不覚! かくなる上は、貴様等もろとも、道連れにしてくれるわ!』 そう叫ぶとエードットが素早く印を結ぶ・・・自爆する気なのだ! 「ヤバい・・・ガキさん!みんなをお願いっ!」 そう言うと、アベナッチは4人とエードットの間に割って入った 「アベさん!?」 「大丈夫!アタシがなんとかするからっ!」 ガキシャンに背を向けたまま、アベナッチが叫ぶ だが、その声にはどこか覚悟を秘めたようにも聞こえた 「待ちなさい!あなたの好きにさせるもんですか! 悪しきものよ・・・全て消し飛べ!“Angel Wing”!」 先程エードットの黒い旋風を見事に吹き飛ばした魔法でエードットごと吹き飛ばさんとするアベナッチ しかし、エードットは己の名誉、そして己の生命をかけてアベナッチ達を道連れにしようと必死だ 白い旋風を受けても、まだその場に踏み留まっている 「しぶといわねっ!」 アベナッチが力を込めてもエードットはそれでも踏み留まる! 『諦めろ・・・もう終わりだ!さぁ、オレと一緒に滅びるがいい!』 いよいよエードットが魔法を完成させようとしている! しかし、アベナッチではエードットを吹き飛ばせない! どうすれば・・・? 土壇場のその時、不意にアベナッチは背中に小さなを温もりを感じた 「騎士さま・・・ううん、アタシの天使さま!アタシもいっしょに戦います!」 「カニョンちゃん!?」 アベナッチは驚いた 自分の背中に感じた温もり、それがまだ少女に過ぎないカニョンのものだったとは・・・ 「カニョンちゃん!危ないから逃げて!早く!」 アベナッチが必死にカニョンに向かって叫ぶも、カニョンはそれを頑なに拒む 「ゴメンなさい、天使さま・・・アタシ、天使さまといっしょにいたいんです! 天使さまはアタシに教えてくださいました・・・アタシだって、きっと騎士さまのようになれるって・・・ だから・・・アタシ、負けません!こんな悪者・・・ぶっ飛ばします!」 「カニョンちゃん・・・」 まだ幼い少女の決意に、アベナッチは勇気をもらった ホントは最悪の場合、エードットともども遠くに飛び去って自分の生命と引き換えにみんなを救うつもりだった でも・・・今は違う! 生きて帰る!生きて帰って、またみんなの憧れになるんだ! 自分をずっと慕ってくれているガキシャンや・・・この少女のためにも・・・ そう決意を新たにした瞬間、奇跡が起きた・・・! 「ウソ・・・!」 傍観していたガキシャンが目を丸くする・・・ アベナッチだけではなく、少女・カニョンの背中にも、小さいながらも美しい、純白の翼が生えてきたからだ 「これは・・・『共鳴』!?」 初めて見る光景に、ガキシャンも全身の震えが止まらなかった 『共鳴』とは、術師同士が目に見えない力に導かれ合い、通常以上の力を発揮する現象なのだ だが、この現象の事例自体が数少なく、その事例のほとんどが術師同士が血縁関係であり、他人で発生した例はまずないのだ だが、今、現にこうしてアベナッチとカニョンの二人が『共鳴』しあい、力を増幅しているのだ 「なんだろう?力が・・・漲ってくる!」 「天使さま・・・アタシもなんだかふわふわとした気分です・・・」 「そっか・・・じゃあカニョンちゃん、アタシとあのバケモノを退治しよっか!行くよっ!」 「ハイッ!」 カニョンに合図を送ったアベナッチは全神経を集中させる・・・すると、二人の間にまたもう一つ、純白の翼が生えてきた! そして今までにない最大限の力が漲る!迸る!駆け巡る! 「悪いの悪いの・・・飛んで逝け!」 「悪しきものよ・・・神の御名において滅せよ! “Seraphic wing・殲”!!」 アベナッチが全ての力をエードットに向けて放射する その最高潮まで達した魔力は大いなる光の渦となってエードットをすっぽりと呑み込んだ! 『バ・・・バカな・・・』 光の渦へと呑み込まれたエードットは断末魔の叫び声をあげて、遂には消滅した・・・ 「やった・・・!」 完全消滅したエードットを見て、アベナッチは勝利を確信し、胸を撫で下ろした 「天使さま・・・!」 そしてその傍らで“大仕事”をやってのけたカニョンが感情が昂り過ぎて震えている 「ありがと、カニョンちゃん・・・」 感謝の気持ちとともにアベナッチは小さな“英雄”をそっと抱きしめた すると緊張の糸が切れたのか、カニョンは感極まって泣き始めた 「えぐ・・・ひっく・・・ひっく・・・」 「・・・よしよし」 この時には凛々しいアベナッチもすっかりお姉さんの顔に戻っていた 「スミマセン!ありがとうございます!ホント・・・なんてお礼を言ったらいいのか・・・」 「あ、お母さん・・・」 「ママ!」 カニョンは駆け寄ってきた母親を見つけると、途端にその胸に飛び込み甘え始めた 「ママ・・・ママ!」 そんな2人の姿にアベナッチも目を細める 「騎士さま・・・この度はホントにありがとうございました!」 深々と頭を下げるカニョンの母親に対して、照れくさそうに微笑むアベナッチ 「いいんですお母さん・・・それよりカニョンちゃんを褒めてあげてください アタシ、この子がいなかったら・・・アイツに勝てなかったと思うんです それと・・・もし良かったら・・・」 「もし・・・なんですか?」 カニョンの母親はアベナッチの言いかけた言葉を尋ねた 「カニョンちゃんを、ウチの騎士団に預けてみませんか?」 「「えっ!?」」 アベナッチのちょっとしたサプライズ発言に母子揃って驚きの声をあげた だが、アベナッチの表情は柔和な笑みこそ浮かべているものの、その眼差しは至って真剣だった 「お母さん・・・この子のホントの夢はアタシ達のような騎士になりたいそうなんです そしてたった今、アタシはこの子には騎士になる“資質”があると感じました 確かに騎士という仕事は危険が伴う仕事ですが・・ でも、アタシはこの子の望んだ夢の後押しをしてあげたいんです それが・・・この子に助けてもらったアタシにできる、一番のお礼じゃないかな?って思うんです」 少しはにかみながら話すアベナッチを凝視するカニョンの母 そして娘のカニョンに目をやり、そっと尋ねた 「カニョン・・・騎士さまになりたいの?」 「うん・・・」 少しうつむきがちにカニョンは答えた しかしながら、その目は強い意志を帯びていた カニョンの母は少し天を仰ぎ、すぅーっと息をついてからカニョンに言った 「わかったわ・・・好きなようにしなさい! それと騎士さま・・・改めてこの子をよろしくお願いいたします」 ―この瞬間、ハロモニアに後世語り継がれる“小さき偉大なる騎士”カニョン=ド=パッヘルベルが誕生したのはまた別の話・・・ それからすぐのこと― 「アベさん!アベさん!」 にわかにガキシャンの呼び声かする 「どしたの!?」 ガキシャンの慌てている様子を感じ取ったアベナッチは急ぎガキシャンの元へと駆けつけた 「アイちゃんが・・・」 見ると、今にも昏倒していたアイオーラが目を覚まそうとしていた 「うぅ・・・」 「アイちゃん!?」 呻き声をあげたアイオーラにガキシャンが呼びかける すると、うっすらとアイオーラが目を開けた 「アイちゃん!」 信じていた“親友”との再会・・・感極まったガキシャンは感情を抑えきれず、アイオーラに抱きついた 「・・・ガキさん」 抱きつかれたアイオーラの目にも、こぼれんばかりの涙でいっぱいだった 「ガキさん、アタシ・・・アタシ・・・」 何かを言おうとするアイオーラであったが、全然言葉にならなかった そんなアイオーラに、アベナッチが頭にポン!と手をやり、優しく言った 「何も難しいこと考えなくていいのよ・・・たった一言、『ゴメンなさい』って言えばいいのよ」 「!!」 アベナッチは、アイオーラが余計なことを考えすぎる変な癖に気付いてたのだろう、 彼女がガキシャンに何て謝ればいいのかわからなくなってることを見抜いてアドバイスしたのだ その一言に背中を後押しされたアイオーラは涙をこらえて言った 「ガキさん・・・ゴメンなさい!」 アイオーラが今まで抑えていたもの全てが、その一言で堰を切ったかのように溢れ出す 言葉も感情も・・・そして涙も・・・ 「ゴメンね・・・アタシ・・・うわあぁぁぁーっ!!」 それに呼応するようにガキシャンも咽び泣く 「いいの・・・もういいの・・・」 そうしてしばらくの間、2人は互いの心を通わせるように、泣いた・・・ そんな2人が泣き止んだ後、アイオーラがぽつり呟き始める 「アベさん、ガキさん・・・アタシ、みんなにどうしても話さなくちゃいけないことがあるんです・・・」 「アイちゃん?どうしたの、急に・・・」 突然、態度の改まったアイオーラにアベナッチが小首を傾げる 「あの、実は・・・」 言葉を言いかけるが、なかなか決心がつかないのか、アイオーラは言い淀んでしまう 「ねぇ?どうしたの?」 今一つすっきりしない態度のアイオーラにガキシャンも問いかけた しばらく沈黙が続いた後、ようやく決心のついたアイオーラが“衝撃の告白”を始めた 「実はアタシ!・・・封印を解いてしまったんです! ・・・マヤザックの封印を解いたのは、アタシなんです・・・!」 「「!!!」」 その告白のあまりの衝撃に、アベナッチもガキシャンも絶句してしまった・・・ 告白をしたアイオーラも、2人の受けた衝撃の様子を見て、再び泣き崩れた 「アイちゃん・・・ほら、落ち着いて」 アイオーラのあまりの取り乱し様に、アベナッチもガキシャンも宥めるのに精一杯だった 「アタシの・・・アタシのせいなんです・・・」 ようやく落ち着きを取り戻したアイオーラがぽつり、ぽつりと語り出した 「アタシが初めてマヤザック様・・・いえ、マヤザックと出会ったのは、今から半年前のことです ちょうどアタシが女王様からしばらく空位だった『暁の乙女』の隊長を打診された直後でした・・・」 アイオーラはそこまで話すと、少し息をついてまた語り出した 「正直、『乙女』の隊長を打診されて嬉しいと思ったのと、アタシなんかに隊長が務まるのか、とても不安でした・・・ そんな時、物腰の柔らかいひとりの老紳士が現れたんです・・・それが、マヤザックだったんです もちろん、その時のアタシはその老紳士がマヤザックだったなんて全く知りませんでした ただ、アタシは誰かに自分の悩みを打ち明けたくて・・・ だから、アタシの悩みを親身になって聞いてくれる老紳士に心を許してしまったんです・・・」 マヤザックと出会った経緯を訥々と話すアイオーラ そのなかなかうまく話せないでいる様からアイオーラの自責の念と後悔が感じられた 「それ以来、いつの間にかアタシの心の中では老紳士・・・マヤザックは拠り所になっていたんです まるで、マヤザックが助けにきてくれたおとぎ話の王子様なんだと錯覚してたんてます・・・」 その時の心境を自虐的に語るアイオーラ 「それって・・・シンデレラみたいですよね?」 傍で聞いていたカニョンの何気ない一言に、アイオーラ、アベナッチ、ガキシャンはハッと気付かされた 「シンデレラ・コンプレックス・・・か」 アベナッチが洩らす 「そうですよね・・・アタシの心の弱さが、マヤザックにつけ込まれてしまったんですよね・・・」 そう言うとアイオーラは俯いて、また泣き出した 「ほら!しっかりしなよアイちゃん!」 嗚咽するアイオーラの肩をしっかりと抱きしめるガキシャン 「そうよ、アイちゃん・・・もう終わったことなんだから、悔やんでも仕方ないよ それより、今、何するべきかが大事でしょ?」 アベナッチにも励まされ、ようやくアイオーラは泣き止んだ 「じゃあ、行こう!」 そう言って手を引くガキシャンに連れて、アイオーラも一緒に駆けていく 結んだ手と手に、再び繋がった絆を感じながら・・・