ところが― 「甘い!甘いわよぅ!」 モモの声がした 悲鳴でも絶叫でもなく、はっきりとした声だ 「お返しよぉー!」 閃光と煙が晴れていく中でサキが見たものは、ダッソーのラッシュにやり返しているモモの姿だった そして目をよく凝らしてみると、モモの顔には暗視用のゴーグルが填められているではないか? 『な、なんだっ!?』 思いもよらぬ反撃に不意を突かれ、ダッソーはあっさりと形勢逆転を許してしまう 「アタタタタターッ!」 やがてモモの拳がダッソーを捉え、それが数珠繋ぎで次々とヒットしていく! 『このぉ!』 ドスッ!! 「きゃあ!?」 やっとの思いで繰り出した蹴りでモモを突き放すことが出来たが、モモの拳を何発かもらったせいでダッソーは足にきてしまった モモとサキを睨みつけて牽制しながらなんとか呼吸を整えようとするダッソー しかし、さらなる“災厄”がダッソーに襲いかかろうとしていた 「コラ!待てクソチビィィィ!」 聞き覚えのある声が聞こえてきた 「「マイミンッ!」」 メーグルとダッソーにのされてしまっていたマイミンが“復活”して駆けつけてきたのだ 『お、お前・・・もしかして・・・?』 「ハン!お前の相方のメーグルならオレがやっつけた!後はお前だけだ! さっきまでの恨み・・・ここで晴らさせてもらうぜ!」 前方には今にも襲いかからんと身構えるサキとモモ、後方からは指をパキポキと鳴らしながら近づいてくるマイミン・・・ 『前門の虎、後門の狼』、ダッソーにとっては今、まさに絶体絶命・・・といったところか 『どうして・・・どうしてだよ!?』 思い描いていた青写真が崩れてダッソーは歯噛みする そんなダッソーにモモが言った 「あんたは大きなミスを犯した」 『なんだって!?』 青写真に自信を持っていたダッソーはモモの言葉に耳を疑った だが、モモはさらりと言ってのける 「それは“過信”よ。あんたは自分自身はおろか、メーグルの力量を過信していたのよ!」 「その通りだ」 モモの言葉を受けて、マイミンが続けて言った 「ダッソー、お前の記憶しているオレ達は昔の弱かった頃のオレ達なんだろうよ・・・ 確かに、昔のオレ達は天才でエリートのメーグルとは比べもんにならないくらい弱かった・・・ 実力なんて月とスッポン、雲泥の差だった あの時、あんたにちやほやされてるメーグルが羨ましくて、どれだけ悔しかったか! だけど、あれからオレ達はメーグルに追いつけ追い越せ、と人一倍腕を磨き、鍛えてきたつもりだ!」 「そう・・・あの時味わった悔しさが、アタシ達を強くしてくれた!」 サキもいつになく声を張り上げダッソーに向かって吼えた 「そうよ、長官。あなたはアタシを買い被りすぎていた・・・」 「「メーグル!?」」 突然割り込んできた声に、皆が一斉に振り向いた そこには、ともいき組に肩を借りて立っているメーグルの姿があった 「ダッソー、あんたが思ってるよりその子達はずっとずっと強いわよ。なぜなら・・・」 続きを言おうとしたメーグルにモモが言葉を被せる 「なぜなら、あんたと同じ雑草育ちだからね!」 メーグルやモモ達にいいように言われるダッソー すると突然、ダッソーはケタケタと高笑いした 『そうかい!オイラの計算違いだった・・・ってことか!そりゃとんだ大失敗だ!』 自分の失敗を笑い飛ばすその様子は、一見すると投げやりにも自虐的にも見えた だが、違った 『なら、今度はオイラがお前達にオイラの命の見積りを間違ってたって後悔させてやるよ!』 そう言い終えるなり、ダッソーは懐から袋を取り出し、中身を地面にぶちまけた 『出てこい!泥だんご達!』 ダッソーの呼びかけに泥だんご=ゴーレムがワラワラと姿を見せた するとダッソーは意外な行動を取り始める 『発動!『愛の装甲機神』!!』 ダッソーの呼びかけに、突如、見覚えの金属片があさっての方向から飛んできたではないか? 「あ、あれは!」 その金属片に真っ先に反応したのはメーグルだった 当然であろう、何せほんの数分前まで自分の顔に装着されていたそれだったからだ 「じゃ・・・じゃあ、あれが『愛の装甲機神』だったの・・・!?」 灯台もと暗し・・・とでも言うべきか だが、呆然としているヒマはない ダッソーが『愛の装甲機神』を扱えるということは、すなわちメーグル達にとっては大ピンチ、ということになる そして再びダッソーが声を張り上げ叫んだ 『合体!!』 ダッソーの一声に、周囲にいた泥だんご達が次々と集結し、やがて身体を混ぜ合わさっていく 「な・・・なんなのよ!?」 「気持ち悪い・・・」 その様子を固唾を呑んでメーグル達が見守っていると、今度は驚くべきことに泥だんごの中にダッソーが身を沈めていく! 「ちょ!ま、待てよ!?」 あからさまに危険な行為に、敵方であるハズのマイミンも思わず叫んでしまう しかし、一度泥だんごに埋まってしまったダッソーは底なし沼に嵌まったかのように身体が徐々に沈んでいく・・・ まさかの自殺行為に気が狂ったのか、と思いきや・・・ なんと、泥だんごが合わさって出来た巨大な身体の胸部から、ダッソーの顔だけが覗いたではないか? 『これがオイラがたったひとりでも戦えるように編み出した究極の形態・・・名付けて『ヤグーひとり』!』 「・・・・・・」 メーグル達は絶句した ダッソーの言う、究極形態に恐怖したのではない。ただ・・・ (マジかよ・・・とんでもないネーミングセンスだわ・・・) (ネーミングセンスの悪さは治ってなかったんだね、長官・・・) (それに・・・何?何でゴーレムの身体から顔だけ出してんのよ!?) その全てにおけるセンスの無さに閉口したのだ だが、かといってただボーッと突っ立っている訳にはいかない 目の前に立ち塞がる敵はただ、倒すのみ! そう気持ちを一つにしたメーグル達は一斉に究極ダッソー(仮)に襲いかかる! 「どおりゃあああーっ!」 「はああああーっ!」 「喰らえっ!忍法『鬼火』!」 怒涛の攻撃で一気にカタをつけようとしたメーグル達 しかし・・・ 「チッ・・・!」 「やっぱり・・・一筋縄ではいかない、か」 泥だんごの分厚いボディにメーグル達の攻撃があっさりと阻まれてしまったのだ そしてマイミン達の攻撃を受け止めたダッソーwith泥だんごは逆に攻撃へと転じた 『これでも喰らえっ!』 一塊となったマイミン達に向かってダッソーは頭上高く持ち上げた拳を一気に振り下ろす! それに対しメーグルは 「散っ!」 と一声号令を発して、一同を四方八方へと飛び散らせ、ダッソーの巨大な拳を見事回避してみせた なぜ四方八方に飛び散らせたのか?一塊の方が一気に攻撃を畳みかけ易いハズなのに・・・? メーグルの採った策、その狙いは的を絞らせないことにあった 10数mはあろうかという巨体になったダッソーwith泥だんごにとって、四方八方に散られてしまってはどうしても死角が多くなってしまう それにバラバラに散った方が逃げる際に何かと動き易い リスクを抑えながら確実に勝つためにメーグルは敢えて“戦力”を分散させたのだ だが、ダッソーの攻撃はメーグルの予想を越えたものであった・・・ 『それっ!』 地面に撃ちつけた拳を、ダッソーはスッと横へと薙ぎ払う すると、今まで拳の形状だった泥だんごの腕がまるでムチのように大きくしなった! そう、ダッソーが乗っ取った泥だんごボディは土塊にも泥にも変化するフレキシブル・ボディだったのだ! 「ごふっ!?」 その事を想定してなかったメーグルは泥だんごの丸太のような腕の直撃を喰らい、地面へと叩きつけられてしまった 「メーグルッ!?」 司令塔・メーグルがやられたことで、一同に動揺が走る 無論、百戦錬磨、海千山千のダッソーがそれを見逃す訳がなかった 『そこっ!』 ムチと化した腕を今度は反対方向へと薙ぎ払った バシィィィ!! 「・・・っ!」 「モモ様っ!?」 油断も隙もないハズのモモまでもがダッソーの一撃を喰らってしまった 「この野郎っ!」 いつの間にかダッソーの死角に入っていたマイミンが宙高く跳躍して唯一露出したダッソーの顔面に蹴りかかる! だが、 『甘いよ!』 信じ難いことに、露出していたダッソーの顔面はスーッと泥だんごボディの奥の方へと消えていった そしてマイミンが蹴りをヒットさせた時には逆に土塊に変化していてマイミンの攻撃を寄せ付けない! 「くそっ!」 完全に不意を突いたと思っていただけにマイミンは歯噛みする そんなマイミンを嘲笑うかのように、ダッソーは両の掌を胸の前でバチン!!と合わせた 「ぐえっ!?」 踏み潰されたヒキガエルのような声をあげた後、マイミンは地面へと落下していった・・・ 「マイミンッ!?」 メーグル、モモ、マイミン・・・と立て続けに仲間がやられたことで一同の焦りは増すばかり・・・ 「どうしよう・・・」 ダッソーの圧倒的な能力にサキは呆然とする 何しろダッソーは液状化と硬質化の両方の利点を上手く使い分けてくるのだから 特に厄介なのがこちらの攻撃を無効化してしまう液状化・・・これではどうしようもない 「そうだ!ねえ、エリカン?あなたの氷の魔法でアイツを凍らせることは出来ない?」 サキは一縷の望みをかけてエリカンに尋ねてみる だが、エリカンの返事はサキを落胆させるだけだった 「ムリよ・・・あんな大きい奴を凍らせたことないもん それに、仮にアイツを凍らせたとしても、少しでも動かれたらまた元通りになっちゃう・・・」 エリカンの言うことはもっともである 相手は身の丈10数mもあるようなバケモノ、完全に凍らせるのには時間がかかるであろう よしんば仮に凍らせることが出来たとしても、それはあくまでも表面程度、少しでも動かれたらおしまいなのである 「クソッ!どうすればいいの・・・?」 もはや打つ手なし、とみたサキが珍しく弱音を吐いてしまう 傍にいるエリカンも同様に落胆の色を隠せない しかし、戦いとは無情なものである メーグル、モモ、マイミンを片付けたダッソーが、いよいよサキ達を標的にロックオンした! 『次はお前達だ!』 そう吐き捨てるなりダッソーはサキ達に近づいてくる! 「しょうがないわ・・・打って出る!」 一か八か、ダッソーを迎撃すべくサキが飛び出そうとした、その時だ 「待って下さい!」 呼び止めたのは、ユウカリン達『ともいき組』だった 「今、迂闊に飛び出したらアイツの格好の餌食です!」 ユウカリンの言うことはもっともだ だが、このままでは敵が迫り来るのをただ指をくわえて見ているだけ・・・サキがそう言おうとする前にノッチが言う 「アイツをどうにかする“秘策”ならありまふ!」 「ちょっと、あーた!?それってホントなんでしょうね?」 ノッチのまさかの言葉にエリカンが飛びついた 「ちょ、ちょっと・・・苦しいでふ・・・」 興奮のあまり、気が付けばエリカンはノッチの胸ぐらを掴んでしまっていた 「あ、ゴメンね・・・」 慌ててエリカンが掴んでいた手を離す ケホケホと咳ごむノッチの代わりにモリティがサキとエリカンに答えた 「要はあの“中の人”を引き摺り出せばいいんですぬ?任せて下さい!」 モリティはそう自信たっぷりに言うが・・・ 「その代わり、お二人にお願いがあります」 モリティの表情が先程までの自信たっぷりといったものから一転、神妙な顔つきに変わる 「なに?」 「“秘策”には時間が要ります そこでお二人のうち、一人は囮になっていただきます」 「わかったわ。じゃあその役目はアタシが引き受ける」 勝ち気に逸るサキが自ら囮役を買って出ると、すぐさまダッソーの前に立ちはだかった と、なると、困ったのが手持ち無沙汰になったエリカンだ 「あの・・・アタシは?」 「じゃあエリカンさんはコレを、あのバケモノに撃ち込んでいただきます」 そう言ってモリティが懐から取り出したのは、小さな袋・・・その中には小さな塊が入っていた 「何?コレ?」 エリカンが小さな塊をこねくり回しながら怪訝そうな顔してると、突然ノッチから、 「エリカンさん!早く、早く!」 と呼びかけられてしまった 見ると、既にサキはダッソーと交戦中・・・しかも遠目から見ても旗色が悪いのが一目瞭然だった 「今のうちでふ!サキさんが引き付けてくれてるうちにソイツを撃ち込むでふ!」 「もお!わかったわよ!だから急かさないで!」 ノッチに言われるがままにエリカンはダッソーを狙い撃つ態勢に入った 「もお・・・!」 ノッチに急かされたことにぶつくさ文句を言いながらもエリカンは着々と準備を整えていく 今まで手にしていた薙刀を長弓に代え、小さな塊に氷の魔法を施して氷の矢に変えていく 一方、エリカンがそうしている間にもノッチやユウカリンはダッソーに向かって攻撃していた 「えいっ!たぁーっ!」 「はっ!ふんっ!」 2人はダッソーの隙を見計らって絶え間なく苦無や手裏剣を撃ち込んではいる だが、悲しいかな所詮は暗器、小さな武器ではダッソーの身体に傷一つつけることすら出来ていないようであった そこへ颯爽とエリカンが現れ、手にした長弓で狙いを定めて矢を放つ! ビュオン!! 暗器とは違った、大きく風を切る音をたてて見事にダッソーの腹部へ深々と突き刺さる! 「す、すごい・・・」 エリカンの見事な狙い撃ちに、ユウカリンもノッチも思わず攻め手を止めた程だ 「さあ!テンションが上がってきたわよぉ!」 会心の一撃、ユウカリンとノッチの尊敬の眼差しに気をよくしたエリカンは気持ちの昂りを抑えられなかった そして矢継ぎ早に攻め立てる 「あ、ソレ!あ、ソレ!ドドンがドン!」 バシュッ!! バシュッ!! バシュッ!! エリカンが立て続けに放った矢がダッソーの泥状のボディを抉る! 「よし!これでいけます!」 エリカンの活躍に準備が整ったと判断したユウカリンはノッチに目で合図を送ってその場から遠ざかる 「え?ちょ、ちょっと!?」 現場に取り残されたエリカンは慌てふためくばかり と、その姿をダッソーに見咎められてしまう 『おい?さっきからチョロチョロとウザいよ!?』 ものの見事にエリカンはサキ共々ダッソーの標的となってしまった 「あーもう!なんなのよっ!?」 プリプリと怒りながらもいつもよりテンションが高いせいかダッソーの変則的な攻撃を紙一重で躱していくエリカン エリカンより先に囮となっているサキは 「エリカン、もうちょっとの辛抱だから・・・」 と言って、エリカンを励ます しかし、躱しているだけとは言え、際限なく繰り出されるダッソーの猛攻に2人の疲労もピークに達しようとしていた その時だ ユウカリン、ノッチ、モリティの3人が動いた 「「ともいき流合体忍法・『みんなの木』!!」」 3人が印を結び、声を発した途端、ダッソーの腹部が急に蠢く出した! 「えっ!?」 突如起きたダッソーの身体の異変に、間近で見ていたサキ、エリカンは驚きを隠せなかった それはダッソーも同様であった 『な、なによコレ!?』 急に蠢き出したダッソーの腹部の動きがみるみるうちに活発化していき、大きくうねりを起こしているのが見てとれた 『お前ら、何しやがった!?』 怪しい動きをしたユウカリン達3人に向かってダッソーは吼える しかし、3人は涼しい顔だ やがて腹部の蠢きもピークに達した時、ダッソーの身体から何かが飛び出した! 「・・・うそ!?」 「マジで!?」 目の当たりにしたサキ、エリカンはあまりの衝撃に棒立ちになってしまった 無理もない、ダッソーの腹部から“生えてきた”のは一本の大きな木、だったのだから 「じゃあ、あれは・・・?」 「そうです。お渡ししたのは“種”だったんです」 ポツリと呟いたエリカンの独り言に、いつの間にか背後に立っていたモリティが返答した 「そうなんだ・・・でも、こんなことしてどうすんの?」 エリカンの問いももっともである 何もダッソーの身体に埋め込むのは木の種でなくてもよかったハズだ 例えば爆薬を腹部に忍ばせドカン!とやれば済むだけの話 そんなエリカンの疑問にモリティはただ含み笑いを浮かべて 「まあ、見ててください!」 と、言うだけ 呆れたエリカンであったが、直後にすぐ“理由”が理解出来た 『わっ!?なんだなんだっ!?』 今まで余裕の態度だったダッソーが急に慌て始める 改めてダッソーに視線をやると、ダッソーの身体を覆っていた泥のボディにひび割れが生じてきたのである 「あっ、そうか!」 傍で様子を眺めていたサキがハタと気付く 「何よ?何、何!?」 まだ気付かないエリカンはサキに答えを求める 「水分よ!あの木が泥の中の水分を吸ってるのよ!」 「あ!」 サキに言われ、エリカンはようやく種を放った意図を理解した もし、爆薬で爆破しようにもダッソーのボディは泥、その中には当然水分が含まれており、爆薬が湿気て不発になる可能性がある よしんば爆発したとしても、泥のボディだと再度くっついてしまうかも知れない しかし、泥の水分を木が吸い上げれば泥が土塊へと変化し、再びくっつくことはないだろう サキの指摘通り、ダッソーの泥のボディの水分が失せてゆき、徐々にひび割れた箇所から剥落していく そして終には大きな亀裂と共にダッソーの仮のボディが完全に崩落した 『そんな・・・そんな・・・!?』 “鉄壁の鎧”を失ったことでダッソーの顔から血の気が失せていく・・・