『チイィィ!せっかくお前が来るまでにコイツらを始末してやろうと思ってたのに!』 ゴトーの乱入に憤るアングリの怒号をさらりと涼しげに聞き流すと、ゴトーは抜き身の剣を水平に薙いだ すると、凄まじい風切り音とともに空気の刃がハングリとアングリに向かって一直線に飛んでいった 『!?』 『危ないっ!』 怒りに感情を取られて棒立ちになっていたアングリを狙った真空の刃を防がんと、ハングリが割って入った 『なにっ!?』 ハングリは『愛の装甲機神・ゴッドハンド』ならゴトーの斬撃もいとも容易く弾き返せると思っていた だが、実際に受けてみるとその重さ、強さはハングリの予想以上、予想外の威力であった 『ぎぎぎぎぎ・・・!』 両腕でもって、真空刃を押し留めるハングリ 『たぁっ!』 ヴン!! ドシュッ!! そしてようやく斬撃の軌道を逸らすことで真っ二つになるのを免れたのだ 『くそっ・・・!忌々しい!』 「あら?褒め言葉と受け取ってもいいのね?」 ハングリの捨て台詞を軽くいなすゴトー そのクールすぎる態度にアングリがいきり立つ! 『こ・・・このお!いけっ!絞め殺せ!『ブラッディ・ローズ』!』 先程不意を衝かれ、不覚をとったアングリがゴトーを棘の蔦で絞め殺さんとする! しかし、それでもゴトーを仕留めることは敵わなかった キン!! キン!! キン!! キン!!・・・ 「斬撃なんて、この『剣聖』の前には無意味よ!」 ゴトーの振るった剣の太刀筋が迫り来る棘の蔦を容易く退けたのだ! 『この・・・バケモノがぁ!』 化け物じみたゴトーの戦闘能力を目の当たりにしたアングリが悔し紛れに吐き捨てる そうアングリが吐き捨てるほどまでに、ゴトーの強さは際立っていたのだ 『おい、アングリ!落ち着け!』 感情が昂っているアングリを、まだ冷静さを保っているハングリが制止する 『だって・・・!』 『いいから!落ち着け!』 『!!』 ハングリの一喝でアングリもなんとか落ち着きを取り戻す そしてアングリが落ち着いたのを確認したところでハングリはこっそりと耳打ちする 『確かに、アイツは強い。だが、落ち着け。今のアイツには弱点があるじゃないか』 そう言うと、ハングリが辺りのある一点に視線を落とす 『あっ!?』 ハングリの視線の先を追いかけたアングリが何かに気付いた アングリが気付いたところでハングリが頷いてみせた 『そう・・・あれがアイツの弱点。いくらアイツがバケモノでも、その弱点はきっと変わらない いや、むしろ元に戻ったことで新しく生まれた弱点・・・かな?』 『そうね、その通りね』 互いの意思が通じたハングリとアングリは薄ら笑いを浮かべた そこには先程までの動揺や迷いは・・・ない 「何をぶつくさ言ってるの?いい加減、ケリをつけるわよ」 囁き合う2人にややしびれを切らしたゴトーが、再度剣を構え直す また、あの空を走る真空刃を放つつもりなのであろう しかし、今度は撃たれる前に、ハングリとアングリが先手を取った 『死ね!』 アングリがゴトーめがけて全身に絡みついた棘の蔦から、無数の棘を乱射し始めた 「ムダよ!」 そう言ってゴトーがその場を飛び退いて無数の棘を避けようとした時、突然、金縛りにあったかのように動かなくなった 『アハハハハ!やっぱり、そうなっちゃうわね!』 まるで予想通りの行動を取ってくれた、と言わんばかりにアングリが高笑いする 「くっ!・・・セコいマネを!」 「ゴッちん!?」 「アタシ達のことはいいから!」 アングリの攻め手にゴトーが怒りで唇を歪める そう、アングリが取った手段・・・それはゴトーの背後にいるエローカやユイヤン、『女流怨…』の面々に攻撃を仕掛けることだ まだ立ち上がれないでいる面々を、いわば“人質”に取る、という寸法だ 今までマヤザックの支配下であった頃のゴトーなら、何の躊躇いもなく仲間を見捨ててハングリとアングリに飛びかかっていただろう だが、今のゴトーはマヤザックの呪縛から解けた誇り高き『暁の乙女』の元・エース 仲間を見捨てるなど論外、不名誉極まりないことだ 意地でもそこから動かないであろう・・・そう踏んだハングリとアングリはゴトーの“消耗”に打って出たのだ 『アハハハハ!それ!それ!』 ゴトーが無抵抗なのをいいことに、無数の棘をさながら機関銃の如く乱射するアングリ 『ヒャーハッハッハッ!愉快!愉快!』 まるで何かに取り憑かれたかのように人格が豹変してしまった 過剰なまでの攻撃性・・・これがリカサークの心の奥底に隠された本性なのか? キン!! キン!! キン!! キン!!・・・ 「くっ・・・!」 怒涛の攻撃の前に反撃するタイミングが掴めず苛立つゴトー そして悪戦苦闘するゴトーの前に、さらなる過酷な攻め手が待っていた 『受けてみろっ!『スピリット・オブ・エビル』!!』 「なっ!?」 ゴトーがアングリの棘の乱射に苦しんでいるところへハングリの魔法の火球が追い討ちをかけるのだ 「まだっ!?まだなのか!?」 何かを待ちわびるように必死に防御を続けるゴトー 待っているのは背後にいる6人の回復か、それとも・・・? 『終わりだ!』 ドゥ!! バシュッ!! ハングリの蹴り上げた火球が瞬く間にゴトーの眼前まで迫ってくる! 「ここまでか・・・」 ゴトーが何かを諦めかけた時、眼前まで迫っていた火球が突然、何かによってかき消されたのだった! ボフゥ!! ボワッ!! 『な、なにぃ!?』 まさかの出来事だった あと、ほんの少しでゴトーを葬り去ることが出来たハズだったのに・・・ それだけ自信と手応えがあった一撃だった 『なんだ・・・?何なんだよ!?』 突然、かき消えた火球の謎に戸惑うハングリ 片や、ゴトーは“待ち人来る”に目を輝かせた 「ちょっと、みんな!遅いじゃない!」 いきなりどやしつけるゴトー。だが、その声は怒っているのではなく、どことなく喜んでいるかのようでもあった 「ス、スミマセンッ!」 「まだ、慣れないもんで・・・」 左方から聞こえてきた聞き覚えのある声に驚き、6人は視線を走らせた 「あ、あんた達!?」 そこに立っていたのはユリーナ、チナリ、マァ、マイハの4人 確かにマヤザック掃討チームのメンバーに入っていたが、ここに来たワケとは・・・? 「ほら、ここにいたでしょ?さぁ、あの2人に借りを返す良い機会よ!」 「「ハイッ!」」 ゴトーの言葉に4人が元気よく頷いた 「?」 ユリーナ以下4人の言動に6人は首を傾げる あの4人に、ハングリとアングリに返すべき“借り”というものがあるのか? 「あっ!」 こういう時にも、『女流怨…』のデータベース・ムラターメが両者の接点に気付いた 「そっか、あの子達、ヨッちゃんやリカちゃんにずっと世話になってたんだっけ・・・」 「“恩返し”・・・か。なるほどね」 サイトー=サンはそうポツリと呟くと、おもむろに立ち上がった そして、まだ倒れたままの面々に喝を入れる 「おい、みんな!早く立って!いいのか?ウチらより若い子らが頑張ってんのに?ホラホラ!」 すると・・・ 「そうね。確かに負けちゃらんないわね」 「おいしいとこ、持ってかれてたまるもんですか!?・・・と」 ボスの言葉に呼応するかのように、残りの5人も傷ついた身体に鞭を打って起き上がり始める 「さすが、裏番長だわ・・・」 その根性とタフネスぶりには、ケガを心配していたゴトーも思わず目を細める 一方、ハングリとアングリにしてみればたまったものではない せっかくゴトーや『女流怨…』といった強者共を一網打尽で殲滅出来たかも知れないのに、 その機会を後から乱入してきた4人の若者がひっくり返したのだから 『おい、てめぇら!よくも邪魔してくれたなぁ!ああん!?』 『そうよ!この罪はその身体で償ってもらうからね!覚悟しなさい!』 豹変したヨッシーノとリカサーク・・・ハングリとアングリに気圧されながらも、4人はしっかりと睨み返す そんな火花散る局面でゴトーが真っ先に動いた! 「はあぁぁぁーっ!」 ガスッ!! 『はぅ!?』 ハングリとアングリ、ユリーナ以下4人の睨み合いの間隙を突いてアングリに飛び蹴りを喰らわせたのだ 不意を突かれたアングリは吹っ飛び、そのまま『女流怨…』以下6人のところまで転がっていったのだ 「おおっ!?」 目の前に転がってきた仇敵に驚きつつ、サッ!と身構える面々 その面々に向かってゴトーが叫んだ 「センパイ!こっちはヨッシーを引き受けますから、そっちはリカちゃんをお願いします!」 「えっ!?ちょ、ちょっと!?」 突拍子もないゴトーの行動に6人は戸惑う。だが、それは無茶振りのように見えて、その実、確かな裏付けがあってのことだった 「センパイ!リカちゃんの『愛の装甲機神』の特徴は、主に触手による物理的カウンターが中心です! 防御が堅くて骨が折れると思いますけど、多人数でかかれば決して攻略は出来なくないんで!」 「えっ?」 『ちょ・・・!なんてこと・・・!』 事もあろうか、ゴトーがアングリの『愛の装甲機神』の秘密をバラしたのだ 『女流怨…』以下6人の面々にとって力業は最も得意とするところ その持ち味を十二分に活かせるように、ゴトーはアングリを回してくれたのだ 「サンキュー!ゴッちん!」 ゴトーが用意してくれた格好のお膳立てに燃えない面々ではなかった 面々の暫定リーダー・サイトー=サンが熱い檄を飛ばす 「みんな!狙うはアングリの首一つ!気合い入れていけよ!」 「「おう!」」 合図とともに得物を握り直した6人が次々とアングリに襲いかかる 「でやあっ!」 「セイッ!」 「うおりゃあっ!」 シバチャンの心臓を狙いすました鋭い突き、マサエの首を刈る斬撃、サイトー=サンの抉るような一撃が三方向からアングリを襲った! 「いけるっ!」 傍で見ていた誰もが思わず唸った会心の一撃・・・だが次の瞬間、その喜びが驚きへと変わる カキィィィン!! 辺りに耳障りな鈍い金属音が響く 「マジ・・・!?」 遠巻きに見ていたムラターメ達は目を白黒させた それ以上に、実際にアングリに向かって撃ち込んだ3人は唖然となった ゴトーの忠告通り、アングリの身体に絡みついていた蔦がまるで円筒形の鳥かごのように変形し、3人の攻撃をガードしたのだ 『退いて!』 驚きで動きの止まった3人を次々と蹴り倒していくアングリ 「このおっ!」 「覚悟っ!」 3人がやられたと見るや、次はムラターメとエローカが突撃する ・・・が、アングリの鳥かごを突破出来ず、またしても返り討ちにあってしまう 「みんな!退いて退いて〜!」 一際大きな声を張り上げ、ユイヤンが自慢の巨大鉄球をアングリめがけて放り投げた! 「おおっ!」 アングリの“鳥かご”を最も攻略しやすいであろう兵器の登場に、面々から感嘆の声が洩れた か細いながらも面々の斬撃、刺突を防いできたアングリの『愛の装甲機神』ではあるが、 ユイヤンの鉄球の威力、重量の前には持つまい・・・面々の誰もがそう思っていた その期待を背負ってユイヤンが鉄球を投じる 「死ねやあぁぁぁっ!」 ビュン!! グワッシャァァァン!! 鉄球が風を切り裂く音の後に、耳をつんざくやかましいばかりの金属音が鼓膜を刺激する 裏を返せば、それだけの衝撃が“鳥かご”を直撃した、ということ その衝突音に比例するかのように、“鳥かご”はみるみるうちにベッコリとひしゃげていく 「よし!いけるっ!」 「もらったぁー!」 気勢が高まっていく面々。その気勢に後押しされるかのように鉄球がぐんぐんとアングリの身体まで迫っていく ・・・が、面々はひとつ重要なことを忘れていた それは― 『邪魔だ!』 “鳥かご”を突き破らんと迫りくる鉄球を、アングリが力一杯蹴り飛ばした そう、戦場において“標的”が迫りくる危機に指をくわえて見ていることなど、決してないのだ やがて、アングリが蹴り飛ばした鉄球は蹴りによる推進力と、“鳥かご”の形状修復力を受け、 さながらカタパルト(投石機)から弾かれた弾丸のように飛んでいくのだった 「げえっ!?」 たかが太い針金ごときで出来た“鳥かご”ひとつ潰せなかったどころか、 渾身の力で放った鉄球が弾き返されたのを見て、ユイヤンはショックで棒立ちになってしまう 「危ないっ!」 その放心状態で棒立ちになっていたユイヤンを相方のエローカが横っ飛びでその場から引き剥がす ドガッ!! ガラガラ・・・ 今までユイヤンの立っていたところへ寸分違わず鉄球が飛んでいき、石畳を粉々に粉砕していった 「ケホッ!ケホッ!」 舞い上がる粉塵を吸い込み咳き込んだことで、ユイヤンはようやく我に返った 「ウソやろ・・・?メチャクチャ自信あったのに・・・」 戦闘中にも関わらず落胆するユイヤン そんなユイヤンをエローカや『女流怨…』の面々が気遣おうとするが、アングリがそれを許さなかった 『これでわかったでしょ?あなた達の攻撃なんてアタシには通用しない・・・って だから、大人しく殺されなさい!』 そう言うと、アングリの身体を“鳥かご”の形状で覆っていた蔦が変形し、数条の鋼線の束と化した そしてその形のまま、アングリは6人に向かって突っ込んでいく! 『さあ、哭きなさい!喚きなさい!秘技『クレナイの季節』!』 かけ声とともに、アングリはゴムのように身体を捩り、そして反動で勢いよく独楽のように高速回転を始めた! ギュルギュルギュルギュル・・・!! 高速回転するアングリが面々を蹴散らさんと集団の中に突っ込んでいく! 「ヤバいっ!みんな散開しろ!」 そのあまりの速さに危険を察知したボス・サイトー=サンが慌てて号令を飛ばした程であった 「わかってるよ!」 面々はサイトー=サンに言われるまでもなく、既に散開の準備に入っていた その甲斐あってか、一度目のアングリの突撃は皆、ギリギリのところで回避することが出来た やがて面々の傍を通りすぎていったアングリは徐々にスピードを落とした後、停止した 「ふぅ・・・」 辛うじてアングリを躱したことで、ホッと一息つく面々・・・ そして、ここぞとばかりに攻勢に打って出た 「よし!今がチャンスだ!かかれっ!」 ボスの雄叫びも勇ましく、6人は隙を与えてなるものかと、一斉に飛びかかった シバチャンの槍が、マサエの大鎌が、ムラターメの薙刀が、サイトー=サンの戦斧が唸りをあげてアングリに襲いかかる! しかし、完一歩遅かったか、先程同様アングリは“鳥かご”を展開して一斉攻撃を受け止めてみせた そして、残った触手でカウンターの突きをお見舞いしていく 「がはっ!?」 「くうっ!?」 ドサッ・・・!! 再び地べたに這いつくばる面々に向かって、アングリは高笑いしながら言い放つ 『残念だったわね!ちょっと隙を作ってあげたらすぐに飛びついちゃって・・・不様ね!』 鼻でせせら笑うようなアングリの高慢な態度に、『女流怨…』の面々は腸が煮えくり返る思いでいる だが、アングリから受けたカウンターで地べたを這わされている現状だ そんな面々にさらに追い討ちをかけるかのように、アングリがなじる 『フン!大したことないわね!』 面々の怒りは最高潮に達しようとしていた。が、依然ダメージが抜け切れないでいる 『もうこの辺でいいかしら?アタシもヒマじゃないから』 そう冷たく吐き捨てると、アングリは再び身体を大きく捩り、秘技『クレナイの季節』の体勢に入った 「マズイッ!ユイヤン、いくよ!」 『女流怨…』の面々の危機を察知したエローカが、未だ放心状態のユイヤンの手を引いてフォローに駆けつけようとする しかし、ユイヤンはその場からピクリとも動こうともしない 「ユイヤン?ユイヤン!?」 動かないユイヤンを無理に手を引こうとするが、それでもユイヤンは動けずにいた 彼女の身体を縛りつけるのは、アングリに対する恐怖の念なのか? 動けないでいるユイヤンの心情を悟ったか、ついにエローカはユイヤンを置いて『女流怨…』の面々の救援に駆けつけるのを決断した 「わかったわ・・・だから、ここを動かないで。じっとしてて」 立ち尽くすユイヤンを残し、エローカは『女流怨…』の面々の助太刀へと駆け出す 「待てぇぇぇーっ!」 技の動作に入っているアングリの気を少しでも逸らすよう、そして自らを鼓舞するように大声を張り上げながら疾走する 『うん?』 エローカの絶叫に気付いたアングリは一旦技の動作を止め、声のする方を向き直る その刹那、アングリめがけて何かが猛スピードで一直線に飛んできた 『ぎゃっ!?』 大半を片付け、完全に油断し切っていたアングリはエローカの投げた十字槍を受け、隙を作ってしまう その怯んだ隙にも、エローカは駆けながら呪文を詠唱する 「喰らえっ!」 『女流怨…』の面々が回復する時間を稼ぐためにも・・・その想いを乗せて、アングリに冷気の魔法を放った 『うわっぷっ!?』 エローカは本来、魔法使いではない。そのため、アングリに致命的なダメージを与えるのは到底無理だと気付いていた だから、魔法の冷気をアングリの顔めがけてぶつけることで、視界を奪うことだけに特化したのだ 「よしっ!」 土壇場で閃いた魔法『ホワイトアウト』の手応えを感じたエローカはこれでもかと、アングリに畳み掛けていく (あと少し!もうあと少しだけ・・・!) 「このっ!このっ!」 アングリの動きを封じようと、エローカは次々と魔法を撃ち込んでいく その甲斐あってか、アングリは顔の前で腕を交差させたまま、動けないでいる (もっと!もっと!!) 懸命に魔法を撃ち込むあまり、足を止めてしまったエローカ・・・それが仇となってしまった ヒュルルルルルル・・・ バシィィィィ!! 「ぎゃっ!?」 何処からともなく飛んできた触手の一撃が、エローカの顔面を直撃した 「うう・・・」 あまりの激痛にその場にうずくまってしまうエローカ そこへ、今までいいようにやられていたアングリが猛然とダッシュする! 『テメェ・・・こんの野郎ぉ!』 駆けてきたスピードもそのままに強烈なサッカーボールキックでエローカの腹部を思い切り蹴り上げた! ドスッ!! 『・・・っ!!』 爪先が腹部に深くめり込み、エローカは瞬時に呼吸困難に陥り、苦悶の表情を浮かべる 『この野郎!この野郎!』 よほど恥をかかされたのが悔しかったのか、アングリは執拗なまでにエローカを蹴り上げる 背筋が凍りつく程の残虐性に、さすがに百戦錬磨の強者揃いの『女流怨…』の面々でさえ、声を失った ましてや先程アングリの強さを見せつけられたユイヤンならなおさらである 事実、ユイヤンは声ひとつ、まばたきひとつすることも出来なかった・・・ しばらくして― ドスッ!! ドサッ・・・!! 『・・・!』 一際大きな音がした後、エローカがユイヤンの足元まで転がっていく エローカの姿を見てみると、すでに気を失っているのかぐったりとしており、血の気が引いているのがわかった 顔にもところどころ擦り傷と膨れがあり、アングリの“私刑”が壮絶であったことが窺えた その変わり果てた姿に、ユイヤンの身体中にたちまち電流が走り抜け、身体が麻痺していくのを感じた そう、“恐怖”が彼女の身体の自由を奪ったのだ! まだ動けないでいるユイヤンを見つけたアングリは格好のオモチャを見つけ、舌なめずりをしながら一歩、また一歩と近づいてくる 身体が硬直したまま動かないユイヤンは、ただ足をガタガタ震わせながら立ち尽くすのみ・・・ そんな中、ユイヤンがうわごとのように呟いた 「イヤや・・・」 心の奥底からこみ上げてくる恐怖に耐え切れず、目から涙がポロポロとこぼれ落ちる なぜ、ユイヤンはここまでアングリに恐怖するのか? それはアングリに仕掛けた攻撃が通用しなかっただけではない 『女流怨…』の面々が秒殺され、エローカがボロ雑巾のように痛めつけられたのをまざまざと見せつけられただけではない ユイヤンの心に潜む、トラウマが原因であった ユイヤンのトラウマ・・・それはアングリ以前のリカサークと『美勇団』のメンバーとして共に過ごした日々の記憶― 記憶を振り返れば、ユイヤンはいつもリカサークに怒られてばかりだった まだ新兵卒として入ってきたばかりで右も左もわからないうちから、とにかくリカサークには叱られた 言葉遣いが悪い、姿勢が悪い、目つきが悪い、態度がなっていない・・・ ほんの些細なことでも注意され、何かにつけては正座させられ、延々とお説教を聞かされた 時にはお説教が深夜に及ぶことすらあった 少しでも居眠りしようものならビンタか蹴りが飛んできた 髪の毛を掴まれ、振り回されたこともあった リカサークの下についてから今に至るまで、とことん嫁にイヤミを言う姑の如くネチネチといじめられた ノイローゼになりそうだった 唯一の救いは、そんなリカサークの地獄の苦しみを、共に分かち合う同僚・エローカがいたことだ 彼女がいなければ、とうの昔に脱走して故郷に逃げ帰っていたことだろう だから今でも、ユイヤンはリカサークと一対一で接する時は身体が硬直してしまうのだ そして今が、まさにその状況と言えよう― そんなユイヤンのトラウマを知ってか知らずか、アングリは棒立ちになってガチガチと震えるユイヤンをまずは言葉でなぶり始めた 『アラ?あなた泣いてんの?』 目の前でガクガクと震え、恐怖で涙を流すユイヤンの心をズタズタに切り裂くようにアングリはなじる その言葉を言い返すことなく、ユイヤンはただただ涙するばかり そんなユイヤンにさらに追い討ちをかけるようにアングリが罵倒する 『ホント、おっぱいと態度ばかりデカイくせに、肝っ玉は小さいのね・・・笑わせるわ!』 「!!」 罵倒することでユイヤンの嗚咽が一段と激しくなり、普通の人間には見るに耐えない光景ですらあった だが、アングリは止めるどころかさらに舌鋒鋭くユイヤンを罵倒し続ける 『全く・・・あんたみたいな役立たずなんか背負い込まされてホントいい迷惑だわ!』 無情な言葉が、重苦しい静寂の中こだまする 冷たい言葉がユイヤンの心に突き刺さり、深く抉る 「うう・・・うわあぁぁぁーっ!」 終に心が折れたのか、ユイヤンは堰を切ったかのように慟哭した 膝を折り曲げ、地に伏し、幾度となく泣きじゃくる・・・ そんなユイヤンを冷やかな眼差しで見下して悦に入っていたアングリだったが、しばらくすると飽きてきたのか、つまらなさそうな顔になった そして、一言だけ呟いた 『もう飽きたわ・・・じゃあ、死んでもらうわ!』 アングリはうずくまっているユイヤンの首根っこをひっ掴まえ、無理矢理立ち上がらせる 「ひぃっ!」 すっかり怯え切っているユイヤンを侮蔑の眼差しで見つめたアングリは、無言のままユイヤンを再び地面に投げ捨てた そして、いよいよ大技『クレナイの季節』の体勢に入った! 「ヤバい!あんな近くで受けたら・・・」 先程エジキになりそうになったあの技の凄まじさを感じたサイトー=サンが血相を変える そしてフラフラになりながらも得物を杖代わりになんとか立ち上がろうとした だが、なんたる運命の非情か、今の今まで街中にいたゴーレム狩りをしてきた肉体的疲労が 知らず知らずのうちにサイトー=サンの身体を蝕んでいたのだ あのタフネスぶりを誇るサイトー=サンがこの有り様なら、残りのメンバーも推して知るべし なんとか立ち上がろうとするが、悲しいかな身体に力が入らないのだ 「チクショー!動け!動け!」 もどかしさのあまり一目を憚らす絶叫する『女流怨…』の面々 しかし、もうタイムアップがきてしまった 『弱い者いじめもなんだから、せめてもの情けで苦しまずに死なせてやるよ・・・秘技『クレナイの季節』!!』 いよいよユイヤンが処刑される、その時だった 「待てぇ!」 何者かがアングリに飛びついた 『きゃっ!?』 完全に不意を突かれた格好のアングリは先程までの堅固な防御はどこへやら、あっさりも地面に引き倒されてしまった その光景を間近で目撃したユイヤンは二重の意味で驚く 一つはあれだけ皆が手こずっていたアングリの『アイアンメイデン』が全く機能しなかったこと そしてもう一つは・・・ 「エロちゃん・・・」 「あああああーっ!」 アングリにまさかの不意討ちを食らわせたのが、満身創痍の相方・エローカだったからだ 馬乗りになってなりふり構わず拳を振り下ろすエローカの姿 一見すると、不恰好で悪あがきのように見えるだけかも知れない だが、そこにはユイヤンが忘れかけていた“何か”があった それは、“諦めない心” 今、ユイヤンが見ているエローカの姿はかつてまだ新入りだった頃の自分達の姿にそっくりなのだ 何もかもわからずに、ただがむしゃらに突っ走っていたあの頃・・・ 失うものなどなく、無知なるが故に怖いものなどなかった、あの頃の自分達・・・ 世界が崩壊しようとしているこの期に及んで、今さら何を恐れる必要などあるのだ? そう思うと、今まで身体中を縛りつけていたものがスーッと消えていった 「うおぉぉぉーっ!」 忌まわしき過去の呪縛が解けたユイヤンは雄叫びをあげ、もつれ合っているアングリに飛びかかった ちょうどアングリがエローカを跳ね退けたのと入れ替わりに今度はユイヤンが馬乗りになる そして遮二無二に拳を振り下ろしていく! 「オラァ!オラァ!」 その鬼気迫る形相にアングリがたじろいで迫力負けしたくらいであった ユイヤンの拳が二度、三度と今までのアングリの鉄壁ぶりがウソのようにヒットしていく もちろん、ただ一方的にやられているアングリではなかった 『クソッ!退けっ!』 覆い被さるユイヤンを腕力だけでなんとか振り払う 「はぁ・・・はぁ・・・」 せっかくいい感じで攻めておきながらアングリに引き剥がされてしまったユイヤンは、息を切らせながら再び飛びかからんと構える そんなユイヤンの肩をポン!と叩くものがいた 「ユイヤン・・・元に戻ったんだね」 「エロちゃん・・・」 相方・エローカがユイヤンの復活に笑みを洩らす エローカだけでない 「みなさん・・・」 苦しみながらも自分に打ち克った姿に『女流怨…』の面々も喜んでいたのだ 無論、ユイヤンを祝福するためだけにここに全員が集合した訳ではない 目の前のアングリを撃破するために集合したのだ