「行くぞ!」 ゴトーのかけ声とともにマァとマイハも連れ立って駆け出す 今いる地点からユリーナ、チナリのいる場所まで約50m・・・そう遠くはない。だが、急がねばならないとも事実 少しでも早く助太刀するために3人は全力疾走した そして、あと残り半分、というところで恐れていた事態が発生した 「!?」 「!?」 まるでブレーキがかかったように、ユリーナとチナリの動作がピタリと止まった その2人の動作が止まったのを確認したハングリは最初戸惑っていたが、チャンスと見るや、先程までの鬱憤を晴らすべく2人を同時に攻撃した 『ヘッ!ようやくゼンマイ切れのようだな!ご苦労さん!・・・唸れ!『ゴッドハンド・殺ったろうぜ』!!』 両側にいるユリーナとチナリに対して思い切り裏拳をぶつける 無論、ただの裏拳ではない。『ゴッドハンド』の能力・“反発力”を最大限に増幅させてからの一撃だ その拳がどれだけの破壊力なのかは全く見当がつかない・・・が、“危険”ということだけは容易に想像がつく 『ぎゃっ!?』 『ゲホッ!?』 うめき声だけを残して、2人の身体は左右対称に分かれてゴム毬のように弾け跳んだ 「・・・てめぇ!」 怒りに震えるゴトーが刃を走らせ、ハングリを真っ二つにせんと空を斬る! その斬撃が真空波となってハングリの素っ首を掻っ斬らんと襲いかかる! 目前まで迫り来る“音速の斬撃”に対し、ハングリは冷静だった 一度受けたことのある技ならば、狼狽えることはない・・・そう判断したハングリはしっかりと真空波の軌道を見極め、片手を突き出した 『オラァ!』 気合い一閃、かけ声とともに『ゴッドハンド』の力を瞬間的に高めたハングリは見事、真空波を掻き消してみせた ハングリにとって、もはやただ一直線に飛んでくるだけの真空波を掻き消すことなど造作ないことであった 『なんだ?これでおしまいかぁ!?』 ゴトーにしてはどこか物足りない攻撃に、ハングリも拍子抜けした格好だ 無論、これだけで終わるゴトーではない。ハングリが真空波を止める動作に入ったタイムロスを突いて、一気に間合いを縮めてきたのだ 『ヘッ!そうこなくっちゃな!』 ゴトーの迎撃に腕ぶすハングリは、結界用の支柱を背に仁王立ちとなり、今か今かとゴトーを待つ そして、いよいよハングリとゴトー、2人が衝突する時がきた 「おおおおおぉぉぉーっ!」 咆哮勇ましくゴトーは跳躍し、剣を最上段まで振り上げた 「チェストォーッ!」 そして身体の落下に合わせて全身のバネを利用し、一気に刃を振り下ろす!『兜割り』だ 『おい、ふざけるなっ!一度見た技はオレには通用しないっ!』 猛るハングリは両手を天にかざし、ゴトーの秘技を再び阻止せんと気合いを籠める! ガッ!! 『見切ったあああっ!』 ゴトーが最上段から振り下ろした刃は、呆気なくハングリの『ゴッドハンド』によって、いとも簡単に防がれてしまう いささか手応えが感じられなかったのが気にはなったが、それだけゴトーにはもう抗う気持ちすら残っていないのだろう・・・ そう思ったハングリは勝利を確信し、高らかに笑い声を辺り一帯に響かせるのだった 『ざまあみろ!フハハハハ・・・アーッハッハッハッハッハッ!』 だが、ハングリの目にあるものが視界に入った途端、その高笑いがピタリと止んだ 『ハァ!?なっ・・・!?てめえっ!』 突然いきり立ち、怒号を浴びせるハングリ。それに対し、秘技を防がれ打つ手なし・・・のハズのゴトーが今度はクスクスと笑い始めた そして― 『うっ・・・!?』 突如、ハングリの口から怒号ではなく、うめき声が洩れた 『こ・・・この野郎!・・・汚えぞ!』 「汚い?何言ってんの?殺し合いの最中に、油断する方が悪いんだよ!」 見ると、ゴトーがハングリの鳩尾辺りに刃を突き立て、抉ろうとしてるではないか? しかし、ゴトーの刃はハングリの『ゴッドハンド』に封じられたハズ・・・ 否、ハングリは封じたつもりだったが、封じてはいなかったのだ 何故?それはハングリが封じた刃・・・それはゴトーの剣の鞘だったのだ どういうことだ?受け止めた初太刀が“虚”で、喰らってしまった二の太刀が“実”だというのか? 混乱するハングリは、剣の鞘のその先を見てみる 『くっ・・・!』 一杯食わされた、と悟ったハングリは臍を噛んだ 剣の鞘を握っていたのは、ゴトーの『愛の装甲機神・セクシー鎧』の触手だったのだ つまり、こういうことである まず、ゴトーはハングリの意識を剣から逸らさせるのと間合いを詰めるために真空波を放つ 次に、トリックが見破られぬよう派手に跳躍し、かつ大きく上体を反らすことで剣をハングリの死角になるように隠したのだ 実はこの時、『セクシー鎧』の触手の動きは・・・というと、2つの動きを同時進行していたのだ 一方が囮となるゴトーの剣の鞘を握り、もう一方は剣の方をゴトーから受け取り、それを背中に隠しておいた そして、ここからがハングリを罠に嵌めたトリックである 剣を持っていないゴトーの腕と、剣の鞘を持っている触手を、うまくシンクロさせて一緒に振り下ろしたのだ ハングリの目には、ゴトーの行動は“剣を振り下ろした動作”に見えるだろう だが、実際にはゴトーは剣を振り下ろした“フリ”をして、触手に合わせて両手を上げ下げしただけだった 結果、切り札の両手を初太刀で使い切ってしまったハングリは、次のゴトーの二の太刀を回避することが出来なくなったのである 「残念だけど、お前の負けだ、ハングリ!」 そう叫びつつ、ゴトーは握りしめた剣の柄に力をこめ、徐々にハングリの身体に刃をめり込ませていく その言葉に対し、今度は逆にハングリの方が笑い出した 『ククク・・・そう思ってるなら、早く突き刺せよ!』 「!!」 ハングリの口から出てきた意外な言葉に、ゴトーは一瞬、顔を強張らせた ゴトーの表情の変化を見てとったハングリは何かを確信し、さらに揺さぶりをかける 『オラ!どうした?早くトドメを刺してみろよ? ・・・でも、出来ないんだろ?』 「!!」 ハングリの揺さぶりに、ゴトーが明らかに気色ばむ そこでハングリが、ゴトーに“核心”を突きつけた 『もし、お前がその気だったら、この刃はオレの急所を貫通して即死していた お前ほどの達人なら、無防備な相手を始末するのに1秒もいらないからな だが、お前はしなかった・・・いや、出来なかった! 何せ、オレを殺すことは、“宿主”のコイツも死ぬ、ってことだからな!』 「・・・・・・っ!」 図星であった ゴトーがハングリを瞬殺出来なかった理由・・・それはハングリの“宿主”となった親友のヨッシーノもろとも殺めることが出来なかったのだ 形勢は再逆転した 追い詰めていたハズのゴトーが一瞬にして追い詰められる側になってしまったのだ こうなれば後はハングリは畳み掛けるだけでいい 『オラ!刺してみろよオラァ!』 そう言いつつ、ハングリは自ら身体に刃をめり込ませていく その“自傷行為”に、ゴトーは何もすることが出来なかった。それが“甘さ”というものなのか? ゴトーが動かないことを確認したハングリは、失意のゴトーに追い討ちをかけるべく、思わぬ行動に出たのだ・・・それは 『フン!刺せねぇ、って言うんだったらこの剣はもう用無しだな!』 そう言って、鳩尾に突き刺さったままの剣を両手で挟み込むような体勢になった そして、両手の『ゴッドハンド』に意識を集中させ、念をこめる すると、あり得ないことに、俄にゴトーの剣に亀裂が走った 一つだけではない。二つ、三つ・・・と次々に亀裂の数が殖えていく まさか?・・・そのまさかであった 念をこめる力が最高潮に達した時、それは起こった パキィィィィン!! ハングリに突き刺さっていたゴトーの剣は、まるで割れた鏡のように粉々になって吹き飛んでしまったのだ 目も疑いたくなるような光景を目の当たりにして、ゴトーは茫然自失となった 剣を砕かれ、立ち尽くすゴトーと、してやったり、の不敵な笑みを浮かべるハングリ・・・2人の表情は実に対照的だった 力が抜け切ったゴトーに、ハングリが罵声を浴びせる 『さすがの『剣聖』も、剣がなければ只の人、だな』 「・・・」 なじってみるも無反応のゴトーに拍子抜けしたのか、ハングリはいよいよ邪魔者の排除に踏み切った 『楽しかったぜ・・・あばよ!』 そう言い終えるなり、ハングリは『ゴッドハンド』でゴトーの胸を掌底で強打した 「・・・!?」 断末魔の叫びをあげることもなく、ゴトーはただものすごいスピードで結界の端までぶっ飛んでいこうかとしていた ところが、ゴトーの身体は途中で停止した ガシィィィ!! 「お・・・お前・・・」 「ゴトーさん、しばらく休んでてください。後はアタシがやります、とゆいたい」 ぶっ飛んでいくゴトーの身体をしっかりと受け止めたのは、2人の戦いを傍観していたマァであった 「おい・・・アイツは強いぞ!止めとけ!」 身体に走る激痛に耐えながら、ゴトーが声を振り絞って忠告する。が、マァの意思は堅かった 「いえ、アタシはやります。アタシがアイツを止めてみせます」 そう言うと、マァはゴトーをその場に寝かしてハングリに向かって歩き出した 「来い!ハングリ!お前を止めてやる、とゆいたい!」 面と向かって啖呵を切ったマァに、ハングリは冷ややかな視線を注ぐ 『あぁ!?今、何て言った?オレを止める、とか言ったなあ・・・出来んのか、お前に!』 まるで端から相手していないような口ぶりのハングリに、マァは無言を貫き、ただゆっくりと歩く その無言の態度が気に食わなかったのか、ハングリは再び火球を作り出し、それをマァに向けて蹴り飛ばした 『オラァ!』 バシュッ!! 唸りをあげて火球がマァを呑み込まんとする! その炎の塊に対し、マァは一点を見据えると、背中に背負った棍棒『筋属バット一号』を取り出し、砕け散れと言わんばかりに強振する! 「うおりゃあああっ!」 ガッ!! ゴゴゴゴゴ・・・ 激しく火球と棍棒がぶつかり合い、せめぎ合う! そして― ゴオオオオウン!! 空を切り裂く残響を残し、火球はハングリに向かって弾け飛んでいった バシィィィ!! マァからの“果たし状”とも取れる火球を『ゴッドハンド』で受け止めたハングリは、ニヤリと笑みを浮かべる 『楽しめそうだな・・・いいだろ、受けてやるよ!』 マァとの勝負を受けて立ったハングリは、その瞬間からその場を飛び出し、マァに突撃した 『喰らえ!この野郎!』 飛びかかってくるハングリに、マァは静かに呪文を呟いた。それは己の戒めを解くかのように― 『ウオオオオーッ!』 静かに立つマァに襲いかからんとハングリは全速力で地を駆ける 『ゴッドハンド』ならぬ『ゴッドフット』の力もあってか、一歩一歩が段違いに速い そして、一気にトップスピードに乗ったところでハングリはマァの身を穿たんと、『ゴッドハンド』を振り上げる 『喰らえぇぇぇ!』 その場から微動だにしないマァの身体に風穴が空くのは、もはや確定的かと思われた だが、突如ハングリの全身に言い知れぬ悪寒が走った (な・・・なんだ?これは!?) 気がつくと、ハングリはいつの間にか足を止めていた まさか、本能が危険を察知して身体にブレーキをかけた・・・とでも言うのか? いや、そんなハズはない。相手は動こうとしない。そんな“獲物”の何を恐れる必要があるというのだ? そう自分に言い聞かせ、ハングリは再びマァに向かって突進する 高々と振り上げた掌を振り下ろし、マァの身体を抉り取らんとした その時、マァが動いた! 「・・・我に力を!」 そう呟き終えると、マァは静かに地面に膝をつく そして直後、今まで聞いたことのない雄叫びをあげたのだ 『グオオオォォォーッ!』 その咆哮は大地を揺るがし、大気を振るわせ、見る者を震撼せしめた (な・・・なんだコイツはっ!?) ハングリが驚くのを他所に、マァの身体に異変が起き始める 身体が膨張し、筋肉が隆起して、鋼の肉体が露になる その鋼の身体に長い体毛が生え始め、それがびっしりと身体を覆い尽くした! そして全てが終わった時―そこには、最強の“森の守護神”の姿があった 『な、なんじゃこりゃ!?』 突如、目の前に現れた“怪物”に半人半神の“化け物”・ハングリも思わず目を白黒させた なんせ、創造主として永い時間を生きてきた“ハングリ=マヤザック”でさえも初めて見る生物だったからである 驚きのあまり足を止めてしまったハングリに、不意に怪物の拳が振り下ろされた! ブオォォォン!! 『!!』 グワッシャアアアッ!! 怪物の殺意に気付いたハングリは咄嗟にその場を飛び退き難を逃れたが、 ほんの1、2秒前にいた場所が怪物の拳によって激しく抉り取られている様を見て背筋に寒気が走った 『へっ・・・マジかよ・・・!』 そう吐き捨てて強気の姿勢を貫いてみせるが、理性を失った野獣と化したマァに、もはや駆け引きやハッタリなどは通用しない ただ、目の前の敵を粉砕するのみ! ハングリを仕留め損なったことに気付いた怪物・マァは、次々とハングリめがけて拳を振り下ろしていく グワッシャアアアッ!! グワッシャアアアッ!! 『くっ・・・!化け物め!』 地面を穴ぼこだらけにする怪物を忌々し気に思いつつも、ハングリは避けるばかりでなかなか反撃の糸口を見つけられずにいた 迂闊に手を出せば、あの圧倒的なパワーの前に自分が無事でいられる保障はない ユリーナ、チナリは沈めた。ゴトーも打ちのめした。だが、まだこの怪物とあと一人残っている・・・ 『!?』 その時ふと、ハングリの脳裏にある考えが閃いた (あと一人・・・そうか!) 起死回生の閃きが思い浮かんだハングリはすぐさまそれを実践せんと行動にかかった 「来いっ!化け物!」 そう叫ぶと、こともあろうか敵である怪物・マァに背を向け、逃走するではないか? 『!?』 背を向け逃走するハングリに怪物・マァもその魂胆を本能で察知し、後を追いかける 『こっちだ!化け物!』 逃走しているのにも関わらず、ハングリは何故か怪物・マァの挑発を繰り返す・・・その意図は一体? 「ゴトーさん!?しっかりしてくださいっ!?」 ハングリとマァが命懸けの“追いかけっこ”を繰り広げている頃、マイハは胸部を強打し、呼吸困難に陥っているゴトーの介抱をしていた よほど衝撃が強かったのか、未だ満足に動けないでいるゴトーを気遣うマイハ そのマイハの身に、刻一刻と予想だにしなかった“危険”が迫っていた 「・・・?」 僅かな地面の震動を察知したマイハは、ふとその震源に目をやってみる すると、先程まで向こう側でやり合っていたハズのハングリとマァが、いつの間にかこちら側に向かって急接近していたのだ 何故?・・・そう考える暇はマイハにはなかった ただ、ゴトーを護るため、マイハは向かってくるハングリの前に立ちはだかる 「こ・・・来ないで!」 近付きつつあるハングリに対し、マイハは氷の礫を乱れ撃つ バシュッ!! バシュッ!! バシュッ!! 間断なく発射された氷の礫はハングリの身体を貫くハズだった ・・・が、しかし、その標的であるハングリが着弾寸前で突然、姿を消した 「えっ・・・?」 予想だにしない出来事にマイハは慌てふためいてしまう 驚いているのはマイハだけではない 目の前の標的に一瞬にして姿を眩まされ、狼狽しているのは怪物・マァも同じだ 「どこ?どこっ!?」 辺りをキョロキョロと見回すマイハ その耳にどこか聞き覚えのある声が不意に聞こえてきた 『ここだっ!』 まさか!?声に気付いたマイハは声のする方・・・すなわち上空を見上げた 「ひぃっ!?」 真上から猛禽の如く襲いかかるハングリに圧倒され、マイハは身を強張らせる もうダメだ、このままハングリに殺られてしまう・・・マイハはそう感じた だが意外なことに、ハングリはそうしなかった 上空からヒラリと着地すると、すぐさまマイハの首根っこを掴まえ羽交い締めにした 「きゃっ!?」 驚くマイハにハングリは静かに威圧する 『おい・・・ジタバタするな!いいな?』 マイハをそう脅しつつ、ハングリは次に怪物・マァに向かって叫んだ 『おい、化け物!これを見ろ!コイツがどうなってもいいのか!?』 ハングリの起死回生の一手、それはマイハを“人質”にする常套手段であった しかし、ハングリのこの一手は非常に大きなリスクを伴う 何故なら、“人質”という手段が成功する絶対条件は相手が理性のある生き物でなくてはならない もし、今の怪物化したマァが理性を失っていたとしたら・・・!? その時はハングリとて手傷を負うのは必至、決して無傷では済まないであろう だが、成功した暁にはハングリは怪物・マァに対して圧倒的優位に立つことが出来る その上、マァを撃破した後は今人質に取っているマイハを一捻りするだけでいい・・・ ハイリスク&ハイリターンのオール・オア・ナッシングの大勝負にハングリは打って出たのだ ハングリの呼びかけに、まるで意に介さないかのように怪物・マァは一歩、また一歩とハングリに対して敵意剥き出しで近づいてくる 『おい!コイツが見えねぇのか?お前の仲間だぞ?コイツがどうなってもいいのかよ?』 再度怪物・マァに警告を発したハングリはマイハのか細い首をギュッと絞め上げた 「あうぅ・・・!?」 首が絞まった瞬間、マイハから苦しげな微かな吐息が漏れた その小さな悲鳴は、怪物化したマァの耳に届いたのであろうか? 怪物と化したマァの耳にマイハの小さな悲鳴は・・・届いた しかし、それはハングリの意図しない方へと事態は転がっていく 『グオオオォォォーッ!』 マイハの悲鳴を耳にした怪物・マァは歩みを止めるどころか猛り狂ったかのようにハングリに向かって突進を開始したではないか? 『おい!聞こえねぇのかおい!?ホントにコイツがどうなってもいいのか!?』 制御不能となった怪物を目の当たりにしたハングリは激しく動揺しながらも、再度マイハのか細い首をより強く絞め上げる 「ケホッ!ケホッ!」 瞬時に呼吸困難に陥ったマイハは顔を紅潮させ、激しく咳き込んだ それでも暴走機関車、ブレーキの壊れたダンプカーと化した怪物・マァの突進は止まらない あっという間にハングリのところまでたどり着き、岩石のような拳を高々と振り上げた! 『ちいぃぃぃっ!しくじったか!?』 賭けは裏目に出た・・・そう悟ったハングリは怪物・マァからのダメージを最小限に抑えるべく咄嗟に身構える だが、覚悟して身構えたものの怪物・マァの拳がハングリに振り下ろされることはなかった 拳を振り上げたまま、拳を振り下ろせないで硬直している怪物・マァの姿がそこにあった そう、ハングリは一か八かの大勝負の賭けに勝利したのだ! 『へっ!驚かせやがって!』 一か八かの賭けに勝利しホッと一息ついたハングリは手出し出来ないでいる怪物・マァを眺めてそう吐き捨てた そしてマイハを小脇に抱えたままツカツカと傍まで近づくと、身の丈3mはあろうかという怪物・マァの顔面を思いっ切り殴打した ガッ!! 金属片が骨を叩く、嫌な音がした 見ると、殴打された箇所から、うっすらと血が滲んでいるではないか? 『おおっ?けっこうしぶといな化け物!でも、お次はどうかな・・・?』 渾身の一撃にも微動だにせず仁王立ちのままの怪物・マァに呆れたハングリは、再度渾身の一撃をお見舞いする 『オラァ!』 ガッ!! 今度は腹部らしき箇所へ拳がめり込んだ 『グゥッ!?』 微かにうめき声をあげ、怪物・マァの身体が僅かながらよろめいた 無抵抗のマァがよろめく様が面白かったのか、ハングリは薄ら笑みを浮かべ、先程拳をお見舞いした箇所に寸分違わず再度鉄拳を放った! ガッ!! 『グホッ!?』 今度はマァの口から鮮血が滴り落ちた それがハングリの破壊衝動に火を点けたらしく、ハングリは次から次へとマァの身体の至るところに拳をめり込ませていく! ガッ!! ガッ!! ガッ!! ガッ!! マァの身体が破壊されていく様を、マイハはハングリの腕や身体を通じて感じ取っていた マァの身体が悲鳴をあげている・・・そう思うとマイハは気が狂いそうになった ハングリの狂気じみた行為を止めさせんと、マイハはありったけの力で叫ぼうとした しかし、声を張り上げようにもハングリの腕がマイハの首に絡みつき、声を発することすらままならない そう、これもハングリの考えの内であった 喉元を押さえつけることでマイハは呪文を詠唱することは出来ない 非力なマイハから魔法を取り上げれば、もはや恐れることはなにもない マァの始末が済めば、後はマイハの首を一捻りするだけでいい そこまで考え尽くされた行動なのだ ハングリはすっかり安心し切っていた 人質の前に動けないでいるマァ。喉を絞め上げられ、呪文の詠唱が出来ないマイハ 足元に転がるゴトー。さらに向こうにはぐったりとして動かないユリーナとチナリ 全てはハングリの青写真通りだった。後はいち早くマァを排除し、マイハを絞め上げるのみ 眼前のマァは息も絶え絶え、マイハに至っては首を圧迫されたせいか、既にぐったりしつつある。余計な手間が省けて好都合だ もう少し、あと少し・・・と念じつつ、ハングリはマァに拳を撃ちつけていく と、その時、ハングリの腕にあり得ない“異変”が起きた! 『トドメだっ!』 フラフラになったマァに、渾身の一撃を放とうとした、まさにその時であった マイハを抱えていた腕の感触と負荷が、急に消え失せたのだ 『なっ・・・!?』 “異変”に気付いたハングリが抱えていた腕に目をやる すると、にわかに信じ難いことに、そこにあるハズのマイハの姿が消え失せていたのだ 一体、マイハはどこに消えたというのか・・・? 『くそっ!どこだっ?どこ行きやがったっ!?』 慌てるハングリ。当然である。ハングリがマァに対して絶対的優位にあったのはマイハという“人質”がいたからに他ならない その“人質”が消え失せた、ということはすなわちハングリの身の安全が保障されなくなる、ということに等しい そのことを自覚していたからこそ、ハングリは慌てたのだ だがハングリはここにきて取り返しのつかない、致命的なミスを犯してしまった “人質”のマイハに気を取られてしまったばかりに、目の前の“怪物”の存在を忘れてしまっていたのだ! 『!!』 先程までなかった異様な殺気に気付いたハングリは即座にマァの姿を目で追った そしてマァの姿が視界に入った瞬間、突然、身体が千切れんばかりの激痛を味わったのである ゴッ!! ミシミシ・・・ベキベキ・・・!! 身体中の骨という骨が軋み、悲鳴をあげる!身体の一部がもげそうな痛みが襲いかかる! 攻撃を着弾したであろう胸部からは肺に貯まった空気が一瞬にして吐き出され、ハングリは激しい呼吸困難に陥る! 『くたばりやがれ・・・この野郎!』 最後の力を振り絞り、乾坤一擲の鉄拳をお見舞いしたマァは、ハングリが苦悶している有り様を見届けるとゆっくりと前のめりに倒れたのだった